4話 婚約と戦車開発始動
王都を訪れフリッツとの顔合わせから一カ月後、公式にシュミット侯爵とカロリーネ・フォン・ルイザンとの婚約が発表された。
軍関係者は一様に驚いたという。
まさかあの侯爵が後妻を取るとはといったところだ。
そしては私は王都に住まいを移した。
侯爵の近くにいたほうが何かと都合がいいからだ。正式に婚約したのだから問題ない。
発表までにひと月かかったのは婚約破棄してすぐに婚約というのもあまり外聞が良くないからだ。
とはいえ、ルイザン伯爵家が侯爵家を訪れたことは敏い貴族家ならば知っている。
そして、私の婚約が白紙になったことも。
王都に来てからというもの、たびたび私宛に見知らぬ令嬢からの手紙が届いている。
”どんなネタで侯爵に取り入ったんだ!許さない!”
”私の王子様を寝取る毒婦め!”
要約すればそんな在り来たりな内容だった。
ちょっと調べてみれば、侯爵の後妻に名乗りを上げたものの無視された家のご令嬢達からの手紙だった。
何なら私よりも年上、三十路手前のご令嬢もいた。
三十路手前で ”ご令嬢” という時点でお察しである。その家の家令は手紙を出すことを止めなかったのか止められなかったのか……
逆に侯爵の所属派閥である国王派の婦人たちからは歓迎の意をもらい、お茶会にも参加した。
どういった経緯で婚約となったのか聞かれたため、機密を含むため詳しく話せないがと前置きし、軍の近代化についての政略的なものだと話した。
ルイザン伯爵家では鉄鋼業が伸びてきているため、その影響だろうというのが一般の受け止め方だから嘘は言っていない。
そして、私はたびたび侯爵家にお邪魔している。
結婚してから戦車開発を始めるのではなく、婚約発表のタイミングから関連する開発を始めるためだ。
メンバーはシュミット侯爵家の執事ロベルト、魔道具師のハインリッヒ・フォン・ゴレツカ、物理学者のミヒャエル、魔道師のフィリップ・フォン・グリームなど多彩だ。
男ばっかりなのだが。
そのため、必ず私には常に二人のメイドが付いていた。もともと私付きであっり王都までついてきてくれたエミー、侯爵家からはドロテアが付けられた。
貴族的理由の為とは言え彼女たちにはつまらない話を聞かせることになって申し訳なく思う。
「つまり、現在開発されている魔道砲は口径が37mmしかないという事ですね?」
「そうですカロリーネ嬢、歩兵が持つライフルは7.62mmですから十分大口径でしょう、37mm弾が直撃すれば人間など形も残りません。ましてや魔法効果が追加された榴弾など、その爆発力で周辺にいただけでミンチですよ」
現在の軍の装備について調べてくれたロベルトの話を聞くと、まだまだ大砲は小口径なようだが、それは魔法で威力を上げられるかららしい。
「フィリップ様、魔法効果は防御魔法で防げるのでしょう? それに曲射によって塹壕に直接落ちない限りは大した効果はないと聞いていますが?」
「おっしゃる通りです。ですから軍の近代化と言っても思うように進んでいない」
「カロリーネ嬢が、考えている鉄板を使った装甲というものも実験が必要ですが、十分な厚さ……例えば30mmほどの鉄板と防御魔法を組み合わせれば、37mm程度の魔道砲は防げるでしょう。なにより貴族が放つ大規模魔法なら完全に防ぎきれる可能性もある」
魔道師のフィリップと物理学者のミヒャエルが答えてくれる。
「では、敵も同じものを作れると考えたほうが良いでしょう。最低でも30mm、むしろ50mmほどの防御魔法つき鉄板を貫通できる砲の開発が必要です」
「問題は、そんな板厚の鉄板を組み合わせた鉄の塊を現行の魔道エンジンの馬力で動かせるか? ということです」
私の発言に今度はハインリッヒが答える。彼は魔道エンジンの設計者でもある。
「魔道エンジンは進歩中だと聞きます。いきなり最大の性能を発揮するものではなくともかまいません。それに全周囲に50mmもの鉄板は必要ないでしょう。必要なのは正面装甲のはずです。そして足回りは、ハインリッヒ様にご提案いただいた履帯というものをさらに改良いたしましょう。強度計算をミヒャエルと進めてください。今現状可能なスペックをまずは割り出しましょう」
「「「わかりました」」」
このような会議を数回繰り返し、各自の持てる情報を持ち寄ってまずは基礎設計を始めた。
魔道具師のハインリッヒが履帯を提案してくれたことはかなり助かった。
あらかたの構造は知っているが、履帯は製鉄と鍛造・鋳造のハイブリットな足回りであり絵で書いても説明しずらいものだが、彼が会議の何度目かで提案してくれた。
戦車は鉄と魔道具の塊となるため重くなる。
前世でも、黎明期のゴムタイヤでは接地面圧を稼ぐ構造が難しく地面に沈み込んでしまうから、履帯というものが開発されたわけだ。
ハインリッヒはもともと農業用機械の足回りとして開発を始めたものだと言っており、まだ洗練はされてはいなかったが、提案自体が助かるものだった。
会議が終われば私は伯爵家のタウンハウスに帰り母と弟と食事しゆっくりとして過ごしていた。
「姉上がいてくれて楽しいです」
「クルトはもう二年生でしょう? そろそろ姉離れしなくては」
「まぁキャロルそういわないであげて。クルトもあなたのことを心配していたのよ」
「心配かけたわねクルト」
「姉上、お気になさらず。しかし姉上が軍とかかわることになるとは思いませんでした」
「別に戦争がしたいわけではないわ。我が家に利があり国防のためになるからよ」
「そうなのですね……僕ももっと勉強しなくては」
「クルトは頑張っているわ。ルイザン伯爵家の未来を宜しくね」
「はい、姉上」
十一歳のクルトは、まだかわいい男の子という感じだ。
私を慕ってくれているのは素直にありがたい。
そろそろ彼にも婚約者を決めるころだろうが、まともな相手と結婚してほしいものだ。
また、侯爵家にいるときに、忙しい仕事の合間を縫ってフリッツも会議に顔を出してくれた。
進捗の確認もあるだろうが、仮にも婚約した私に会いに来てくれている。
たまに休憩として二人でお茶もする。
「君の話は面白いが、もう少し女の子らしい話をしてもいいんだぞ?」
「せっかくお時間をいただいているのに、今の流行りがどうのだとか、ドレスのトレンドがどうのという話をしなくてもよいではありませんか。それこそお茶会に呼ばれた先でご婦人方とすればいい話です。互いの人となりを知るうえで必要とあればお話しいたしますが……」
「くくっ、調べさせてもらった通りだなキャロル。貴女はかなり効率重視の性格のようだ」
「そういうフリッツ様も同じだと思いますが?」
「そうだな、全くその通りだ」
何度か会話を重ねて見えてきたのは、二人とも同じような思考回路をしているという事だ。
婚約しているので何事もなければ半年後には結婚することになることを考えると、考え方が似ているというのは良い事だと思う。
前世の記憶と混ざり合ったことで基本的な思考回路が女性になってしまっている私にとって、男性に抱かれるという事についての嫌悪感などはない。
むしろ男の体も知識として知っているというのは結婚後に有利に働くだろう。