3話 お見合い
白紙撤回から二週間後、私はシュミット侯爵と会う事になった。
訪問は父と今回は母も一緒だ。
私は父と共に五日かけて王都に移動し、伯爵家の王都タウンハウスを管理する母と合流し今日を迎えた。
母が王都にいるのは弟のクルトが王立貴族学校に通っているためだ。
倒れてから初めて顔を合わせた母からはとても心配されたものだが、侯爵に会うための準備の数日でだいぶ顔色が良くなったと安心していた。
「キャロル、だいぶ顔色が良くなりましたね」
「お母様、ご心配をおかけいたしました」
「貴女は昔から一人で抱え込みすぎなのですから、たまには私たちに甘えていいのですよ?」
「もう十六になりました。すでに成人する歳ですから、そういうわけには参りません」
「いや、いくつになっても私たちの娘であることには変わらない。もうすこし私たちを頼ってくれ、お前からすれば不甲斐ない両親かもしれないがな」
「そんなことはありませんお父様。現にこうして私は今、自由の身です」
馬車の中は和やかな空気だった。
向かう先は王都にあるシュミット侯爵家のタウンハウス。
侯爵領には、現在は息子さんと前侯爵夫妻が住まわれているそうで、閣下自身は軍関係の仕事をするため、王都にいる必要があるのだという。
”大変興味深いので、ぜひ一度話がしたい”
シュミット侯爵からの手紙に書かれていた一文。直接私に会いたいと返事をくれたことから、脈ありだと私は思っている。
到着したシュミット侯爵家のタウンハウスは、絢爛さよりは質実剛健という感じがだった。
軍関係者の来訪も多いことから豪華さよりも実務的な部分に重きが置かれているのだろう。
応接室に通され、座ってしばらく待つと侯爵と執事が入室し、私たちは立ち上がり礼をする。
「遠くからわざわざ済まないな。楽にしてくれ」
侯爵の言葉に従い顔を上げるとアッシュグレーと緑の瞳が特徴的なイケメンがいた。
これがフリードリヒ・フォン・シュミット侯爵。背も高く多少ガタイもいい。事務方とはいえ軍人なのだなと思わせる体つきだった。
「ごあいさつ申し上げます。シュミット侯爵、私がユルゲン・フォン・ルイザン、そして妻のザビーネ、こちらが娘のカロリーネです」
父の紹介に頭をもう一度下げる。
「お初にお目にかかります。カロリーネ・フォン・ルイザンです」
「フリードリッヒ・フォン・シュミットだ。ご令嬢は災難であったな」
「結婚前にわかってよかったと思っております」
私の答えに、シュミット侯爵は頷く。
「心を強く持つことは良いことだ。さて、君の提案はなかなか面白かった。さぁ座ってくれ。詳しく話を聞きたい」
ソファーに座り直し目の前に紅茶が置かれると、侯爵に言われるがまま私は自分の構想を話した。
時々、侯爵からの質問にも答える。
戦争で行われた塹壕戦に対する戦法の優劣、それと突破するための浸透作戦などの戦術を発展させた電撃戦、そして相手側に電撃戦をされたときの機動防御。
当然、戦車だけでなくそれに伴う歩兵、魔法使いの等速での移動と補給物資などの展開についても説明した。
戦車は強いが無敵ではない。
戦車だけが居れば戦争に勝てるわけではなく、その戦車を有効活用するためには歩兵を含めた部隊の機械化が必要なのだ。
そして、これら装備を整える上で鉄を含めた資源の確保、魔道具師の確保や労働者をはじめとする雇用創出、さらなる魔道工業化の発展の必要性などを合わせて説明する。
もちろん、それに対する利益についてもだ。
「なるほど、雇用創出によってルイザン伯爵家だけでなく、シュミット家にも利益があるというわけか。それに軍の近代化という視点で見ればかなり先を見ていると話を聞いていて思った。良い着眼点だが……これをどこで?」
「あまりのショックでふさぎ込んでいた時、昔に遊んだ盤面遊戯が視線に入りました。幼少期、お父様にはついぞ勝てず、ふてくされていた私はもっとコマが自由に動ければ負けないのにと思っておりました。ですが、それはルールを破ることができなければ成しえません。ならば、そのルールを破るためのモノを作れば王国軍は他国を圧倒できる。そう考えたのです」
「そして、その圧倒する力は抑止力となる……か、確かに普通の軍人では考えつかん手かもしれんな」
「お褒めに預かり光栄です」
「そして、真の目的はこの構想を実現するために俺に嫁ぎたいと?」
すっと侯爵の目が細められる。
隠し立てをしても仕方がないため、ここは素直にお父様より伝えてもらっいた。
何か余計な裏があると思われるぐらいならそのほうが良いという判断だ。
「はい、私の功績とするよりも、侯爵夫人として夜のふとした会話からシュミット侯爵が考えられた。としたほうが当たり障りがないと愚考しました」
「しかし、君はもう少し自分を大切にするべきだ。軍人の後妻に収まる必要ないだろう。その美貌だ他にも嫁ぎ先はあるのではないか?」
「どうせ一度婚約が白紙になった身です。同世代にちょうどいい相手などおりません。それに、恋愛結婚をという気持ちもありません。ならば政治のコマとして自分の野望の為にこの身を使う事は、むしろ自然なことかと」
私の言葉に侯爵はジッと私を見つめ返します。
それに負けずに見つめ返していると、ふとシュミット侯爵の顔が緩みました。
「私をこれほどまっすぐ見つめ返せるご令嬢は妻以来だ。おもしろい、その心意気も気に入った。カロリーネ嬢はこの”戦車”というものが作りたいようだし、私も話を聞く限り必要だと思う。だが、まずは半年の婚約期間からだ。いきなり婚姻はさすがに怪しまれるし、外聞も悪い。それと、君の企画書は私の金庫に結婚までしまっておくことにする」
彼の言葉にしっかりと頷き返します。
シュミット侯爵は私のことを”カロリーネ”と名前で呼びました。
つまり合格だという事でしょう。
「ありがとうございますシュミット侯爵」
「カロリーネ嬢、私のことをフリッツと呼ぶことを許可しよう」
「では、私のことはキャロルとお呼びください」
私はフリッツの言葉に自分の愛称を返し、両親と共に頭を下げます。
この会話で、婚約がなったと同義です。
愛称での呼び合いを許されたのですから。