13話 不穏な足音
メクレンバー公爵令嬢とのお茶会の後、正式に両家の交渉と契約が結ばれました。
結果として、アンドレに婚約者ができたもちろんケイトである。
公爵家と侯爵家なので家格は問題ないし、政治的なものであり特に重要な繋がりなので、こうなることは目に見えていた。
ケイト十六歳、アンドレ十二歳、歳の差四歳ならまだましだろう。
私とフリッツの年齢差は十九歳も離れているのだから、これぐらい問題ない。
この3年でアンドレも多くを学び、次期侯爵家当主としての教育も進んだためか、二人の縁談は円滑に進んだ。
そして、ケイトはたびたび我が家に来ては航空機と戦車についての議論を私にぶつけに来る。
アンドレも婚約者として一応同席しているが、こと兵器開発については私とケイトの話についていくのは無理なようだ。
ちなみに私との会話の後二人でお茶をして交流を深めている。
「次世代機F-4については二千馬力以上を確保しようと研究を続けております。それなりに大型となりますが、これが完成すれば戦闘機も攻撃機も大幅な性能向上ができるはずですわ」
「この世界に急降下撃墜王が生まれそうですわね。おかげで戦車不要論が軍内部に出ていましてよ」
「そんなバカども放っておいて……ともいえませんわね。お父様に根回しいたしますわ」
「お願いしますわケイト様。航空機が24時間365日飛んでいられるなら戦車は不要でしょうが、彼らを安全に飛ばすには制空権の確保が必要ですし、滑走路というボトルネックがあります。戦車が不要になることはないのですが……理解していただけない方が一定数いるのですね」
「実際に戦争が起こっているわけではありませんから、そのあたり戦訓がないのも問題かもしれません」
「母上、ケイト嬢、一言よろしいでしょうか?」
珍しく私たちの会話にアンドレが入ってきた。
ただ、兵器開発についての話ではないようだ。
「近頃、隣国のプロイス帝国の動きが怪しいという情報がありますが、何かお聞きではありませんか?」
アンドレの言葉に少し考えを巡らせます。
そういえばここ数年、我が国の南東側に位置する帝国から盗賊のような兵からの襲撃の話がありT-1Bと随伴歩兵がそれを撃退することが増えた話があった。
盗賊のようなというのは明らかに規律ある動きをしており軍事的挑発であると考えている。
私が考えるに、威力偵察というやつだろう。
「貴族学校でも辺境伯のご令嬢が今年は帰ってくるなと実家から連絡があり怒り狂っておりました。母上やケイト嬢は何かご存じですか?」
「陸軍航空部隊はU-1偵察機による国境沿いの確認を定期的に行っていますが、実際不穏な動きはありますよアンドレ様」
「お二人とも、機密に当たりますからあまり表ではお話にならないように」
私の注意に二人とも頷きます。
飛行機による偵察以外にも、我が国からのスパイや一応はまだ外交関係があることから大使館もありそちらの情報を鑑みても、帝国は領土拡大に意欲的であることは分かっている。
バーデン王国と同盟関係にあるデュッセル王国は帝国の西側、騎兵国家のポスポリタ連合王国は 帝国の東側に位置しており、三か国で帝国を囲んでいる状態だ。
帝国は過去に連合王国との戦いで手痛い被害を出しているが結局国境線は変わっておらず、ポスポリタ北に飛び地を持っているため、ポスポリタ回廊を狙ってたびたび対立していることから、こちら側に戦力を振り向けるとは思えないのだ。
「もしかするとシュリーフェンプランの為に威力偵察をしているのかもしれませんわね」
「シュリーフェンプラン?」
「あ、いえ、あのですね……」
私の聞き返しにケイト嬢が慌てたように説明を始める。
帝国はポスポリタを攻撃するために、正式に同盟ではないものの後ろから刺されるのを嫌って、こちらに一撃を加えて撃破し、ポスポリタの準備が整う前に軍を反転し全取りしようという作戦ではないかという考えを披露してくれた。
確かに私の前世記憶の片隅にもある作戦名だが、残念ながら帝国にシュリーフェンはいないしビスマルクも存在しない。
それに前世と違い、ジャーマンは存在しない。現世だと、その前の段階、プロイセンが成立する前のような状況だ。
バーデン王国とプロイス帝国、デュッセル王国は言語が近いが別の民としてみている。
ケイト嬢がこの世界を”ナーロッパ”だとメタ的に発言したのも、17世紀ヨーロッパ調なのに魔道化学の影響で20世紀前半の技術力があるためだ。
国家形態もおおよそ似ているが、各地が統一されていない。
海の向こうには太陽の沈まぬ国と呼ばれる大帝国の本島があり、その南にはフランス風のオルディニア王国家があり、デュッセル王国との間にベルネクス連合国がある。
確かにナーロッパな異世界だろう。
「仮にそのようなプランがあったとして、私たちがただでひき潰されるわけがありません。そのための準備は進んでます。仮にそんなバカげた作戦に巻き込まれるのであれば徹底的にあらがうまで……そのための準備は進んでおりますからね」
「たしかに06式を倒せる戦車を他国が持ってるとは思えませんし、F-3が制空権を取れないとは思いませんけれどね」
「他国だって技術は進歩しているのです。慢心は危険ですよ」
「はぁ、結局お二人は戦争が起こるのではと思っておいでなのですね?」
アンドレの発言に頷き返します。
前の隣国の戦争、プロイス帝国とポスポリタ王国の戦争から二十年。
そろそろ周辺国も含めて動きが怪しくなってきていた。プロイス帝国は回廊奪還と共に、旧帝国時代の領地を再統合しようと動きたいのだろう。
プロイス帝国を中心に地中海方面まである各国は遠い昔ひとつの帝国であったからだ。
神聖帝国と名乗っていた時期の領土は細分化されそれぞれ国家を形成している。
プロイス帝国の狙いは旧領土の統一による神聖帝国の復活だろう。
だが、すでに各国に王や公爵がおり、それぞれの自治独立によって”国”をなしているにもかかわらず、とうの昔に崩壊した神聖帝国の復活の為だけに人の命を無駄に費やす必要などない。
可能であれば戦いになる前にこちらの武力でもって戦闘をせずに黙らせたいところだ。




