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1話 転生令嬢は戦車を作りたい

 

 私は前世で男だったようだ。

 名前までは思い出せなかったが、俗にいうミリオタというやつで戦車が好きだった。

 無骨な鉄の塊と呼ばれることもあるが、現代戦車は物理学的計算によって最適な防御力を得られるように設計された機能美というものがあった。


 さて、そんな私がこの前世の男の記憶を思い出したのは十六歳になろうかという日だった。

 婚約者の浮気によってメンタルがやられきっていた私は、服毒して現世を去ろうとし、この前世を思い出し、結局死にきれなかった。

 前世を思い出したことと服毒による反応でで二日ほど昏睡した私は、昏睡中に前世と現世の記憶がいい塩梅に混ざり合ってしまった。

 そして現在、私は父の執務室にいた。


「……これがお話できる全てですわ。向こうの有責で婚約破棄をお願いいたします」

「お前付きのメイドからも二人の状況がよろしくないと聞いていた……キャロルがそれほど思い詰めていたとは思わなかった許してくれ」


 お父様が頭を下げられた。

 カロリーネ・フォン・ルイザン伯爵令嬢、それが現世での私の名前と地位。

 何事もなければ、隣りの領であるハンス・フォン・フェルスト伯爵令息と結婚し、フェルスト伯爵夫人になる予定だった。

 だがハンスは現在浮気中。

 平民の愛人にうつつを抜かし、婚約者である私に対する義務を果たしていない。


 先日、服毒までしようとしたのは、彼の屋敷での一幕が原因だ。

 定期のお茶会に彼は急用があると出席せず、私は通された応接室を後にし帰ろうとしていた。

 その道中、私は私は見てしまったのだ。

 中庭の東屋でハンスと平民女が逢瀬している姿、そしてその口の動きを。

 伯爵家の子供として育てられた私は読唇術が使える。その言葉は……


 ”カロリーネみたいな可愛げがない女など愛すものか、本当に愛するのは君だけだ”

 ”まぁうれしい、でもフェルスト伯爵家はどうするの?"

 ”君との子をフェルスト伯爵家の跡取りにして、実務は頭の固いカロリーネに任せておけばいい、私と君で幸せに暮らそう”

 ”まぁ!私との子が次期伯爵になるのね!!”


 さすがに眩暈がした。

 長年慕っていた金髪碧眼の貴公子であるハンス。

 自身の思いは伝わっておらず、人生に絶望したというのが数日前の私だ。

 金髪碧眼で目鼻立ちが整っていたハンスに恋心があったからこそショックだった。

 今は前世の記憶も適合され、ハンスへの思いは消えた。

 思い返せば最初から彼はこの婚姻が納得いかなかったのだろう。


 前世の感性で考えてすら、ハンスという人間は知人にすらなりたくない相手である。

 そもそもこの婚姻は政治的配慮もあってのものだ。それが自分の意にそわないとしても人として相手を尊重しなくてはならないのは常識だろう。

 むしろより大切にしなくてはいけないし、どんなに納得がいかなかったとしてもそれを隠しとおすのが貴族の矜持だ。


 特にここ数年、記念日などに祝いの品がないことや茶会のドタキャンなども含め、起こった事実を伝えた結果、父は私に謝ってくれた。


 なので、私はさらに提案をすることにした。


 我が伯爵家は私の弟のクルトが継ぐ。だから私は外へ出る必要がある。

 そして、貴族の婚姻というのは”利”がないといけない。

 惚れた腫れただけではなく、せっかく第二の人生を歩むのであれば、前世の趣味を達成できる方法を昏睡から目覚めた後で必死に考えたのだ。


 何せ、現世の私は未来の伯爵夫人となるべく領地経営と社交についての勉強ばかりで無趣味であった。

 私の勉強ばかりの生活がハンスは気に入らなかったのかもしれないが、おつむが足らない奴のサポートの為に私が頑張っていたというのが、二人の関係の更なる空回りであったという事を考えると何とも言えない気持ちだった。


「つきましては、軍の兵器開発を取り仕切る家に嫁に出してほしいと思っております」

「なぜそうなった? 嫁に行きたい先が惚れた相手とか、思いを寄せていた相手とかではなく軍の兵器開発? そうなるとシュミット侯爵家か……あそこの長子はまだ八歳だぞ? まて、まさかシュミット侯爵の後妻をねらっているのか?」


 父の言葉に頷いて答える。

 私の狙いはルイザン伯爵家の軍部への窓口を作ること。これが家に対する利益。

 ルイザン伯爵家は鉱山を持っており鉄鉱石と石炭が取れる。それを使って良質な鉄を生産しているが、直接的な王国軍とのつながりはなく、軍に物を治めるためには途中に何個か領地や商人を通すため関税や手間賃が発生していることで利益を押し下げてしまう。

 私が軍関係者の家に嫁げば、軍に必要だからという理由で関税を引き下げることもできる。それは我が家に大きな”利”になる。


 そしてもう一つ自分の”利”は、シュミット侯爵家で戦車の開発を私主導で行える可能性だ。

 仮に行えなくても首を突っ込むことは可能なはずだ。

 私が生まれる少し前に起こった近隣諸国での戦争での教訓は、各国に軍の近代化を促している。

 国も次世代の軍がどのようになるか模索中であり、そこに戦車をねじ込もうという考えだ。

 兵器そのものだけでなく、その戦術も含めてある程度頭に入っている私なら売り込むことができる。

 そして、この世界における私の理想の戦車を作り上げられる。


「実はシュミット侯爵閣下にご提案をしたいと思っております。数日時間をくださいませ。まずは概要をお見せいたします」

「それで自分を後妻にねじ込もうというのか? 我が家の利益はあるのだな?」

「ございます。それも含めてまとめますので、まずは婚約破棄を進めていただきたく」

「わかった。どちらにせよ我が家をこれほどコケにしたフェルスト伯爵との取引はしたくはない。婚約破棄は決定事項だ。向こうの有責でな。」

「ありがとうございます。では、提案書をまとめるのに七日ほどいただけますか?」

「七日でいいのか? 傷心を理由にひと月でも待つぞ?」

「そこまでは必要ございません」

「わかった、七日後時間を空けておく」

「ありがとうございます」


 私は自慢の長い黒髪を翻し部屋を出る。

 こちらから婚約破棄する方向になってくれた事に安心した。

 もし前世の記憶を思い出していなければ、今も私はハンスに未練たらたらだろう。

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