スピンオフ章:先手の三宅、口封じの策
【場所:高級ホテルの一室・深夜】
「……で、奴が“資料を持ち出した”ってのは、確かなんですか?」
三宅行成は、グラスの氷を転がしながら訊いた。
向かいのソファには、中村誠司。
携帯を見ながら、眉間にしわを寄せていた。
「確認済みです。
あの夜、倉庫のカメラ、陽太が設計図と申請書のコピーを封筒に入れるのが映ってた。
――あれ、たぶん自治体の女に渡すつもりだ」
三宅は一度だけ目を細め、それから笑った。
「まったく……“情”に流される奴ほど、最後に悪質な裏切りをするんだよな。
いいか中村、“夢”ってのは信じてる間だけは神聖だが、暴かれたら地獄以下になる」
中村がぼそっと呟く。
「……どうします? 潰しますか?」
三宅は立ち上がり、スーツの襟を整えた。
さっきまでの冗談交じりの老人はそこになく、全身が“仕掛け人の顔”になっていた。
「潰す? 違う。“先に囲う”んだよ。
陽太が裏切る前に――“彼が嘘をついてるように見せる”のが一番効く。」
【場所:市役所職員用メールサーバー/翌朝】
佐倉美咲の端末に、匿名の通報メールが届いた。
件名:ご注意ください
差出人:匿名 本文:
「山崎陽太という男についてご注意を。
彼は過去に数件の“投資詐欺”に関与し、今も民間調停中の案件を抱えています。
また、現在進行中の“グリーンエイド”計画の実質的主導者であり、
記者会見などで罪を他者に転嫁する動きを見せる可能性があります。」
美咲は眉をひそめた。
(――これは、どう考えてもおかしい。情報が妙に具体的すぎる)
直後、庁内の情報共有LINEにも、こんな書き込みが回ってきた。
「なんか、グリーンエイドの担当の若いやつ、やばいらしいよ」
「計画の裏で金を動かしてるってウワサ」
「あの女職員が内部情報漏らしてるって話も聞いたぞ」
(私と陽太さんが……内部リーク……?)
その瞬間、美咲は確信した。
(――これは、“誰かが先手で動いてる”)
【場所:陽太のアパート】
チャイムが鳴る。
陽太がドアを開けると、三宅が立っていた。
笑っていた。
でも、その目は、まったく笑っていなかった。
「よぉ。元気か? なに、ちょっと話がしたくてな」
「……今さら、何です?」
三宅はすっと玄関先に一枚の紙を差し出した。
「お前の名前で、今まで使った法人登記。
うちの開発会社の代表、**“山崎陽太名義”**になってるって知ってたか?」
陽太の顔が青ざめる。
「嘘だ……それ、俺知らない」
「でも、書類はある。印鑑も押してある。
万が一、調べられたときは、どう見ても**“お前が中心人物”**に見えるな」
「なんでそんなこと――!」
「陽太。俺はお前に、**“詐欺師としての人生の収穫”**を用意してやってるんだ。
それを蹴飛ばすってんなら、こっちもそれなりに、覚悟決めないとな」
陽太の拳が震える。
三宅は、やんわりと笑って言った。
「なぁ。希望を壊すやつより、希望を売ったほうがマシだろ?
だから、お前は“黙っていろ”。それが一番、優しい選択だよ」
そして去っていく背中に、陽太は一言も返せなかった。