スピンオフ章(続き):嘘と本音の衝突
【場所:作業所の一角・夜】
陽太は一人、資料をまとめていた。
補助金申請に関する書類の控え、装置のモックアップ設計図、
そして――表には出していない、中身が空っぽの証明写真。
(……これを、美咲さんに渡せば……終わる)
彼の手が震えていた。
だが、決意は固まりかけていた。
そのとき、背後の扉がきぃ……っと軋んだ音を立てた。
「……お前、やっぱりそういう顔してんな」
その声に、背筋が凍る。
三宅行成だった。
いつもの軽さはそこになかった。
静かな声。低くて、冷たい声。
その手には、封筒が一枚握られていた。
「こっちはもう、出資第二弾の話まで通してるんだ。
あとは“いつ装置が届くか”ってだけの状態だよ。
それを、壊す気か?」
陽太は立ち上がり、視線を逸らさずに言った。
「……もう、限界です。
俺たちは夢じゃなくて、“嘘”を売ってる。
しかも、その嘘で……人が人生かけようとしてる」
三宅はふっと鼻で笑った。
「人生なんて、どうせどっかで騙されるもんさ。
だったら、俺みたいに“希望のある嘘”を売る奴がいてもいいじゃないか」
「でも、その希望は――根っこから腐ってる」
三宅の目が細くなった。
口元は笑っていたが、目だけが笑っていなかった。
「……陽太。お前、俺の一番の弟子だよ。
誰よりも、“人は信じたいものに金を出す”ってこと、分かってたはずだ。
俺は正直にやってる。欲しがってる“夢”を、そのまま届けてるだけだ」
「その夢のせいで、誰かが借金を抱えたら?
装置が届かないと知って、自殺したら?」
三宅は静かに、足元にあった椅子を蹴った。
金属音が響く。
「じゃあどうする。今さら引き返すか?
“俺たち詐欺でした、ごめんなさい”って、あの会場に土下座するか?
……もう、信じて金を出した連中の“信じた責任”だ。俺らじゃない。」
陽太は目を伏せたまま、資料を封筒に入れ直した。
「……俺、明日、彼女に会います」
「……やめろ」
三宅が一歩近づいた。
その足音は、まるで地雷を踏む直前のように重く響いた。
「陽太、俺の話を聞け。
これはただの詐欺じゃない。
**“物は存在しなくても、希望は存在する”**ってビジネスなんだよ」
「そんなもんに、人の人生を使うなよ!」
陽太が叫んだ。
三宅は、一瞬だけ沈黙した。
そして、低い声で呟いた。
「……“存在しない”って言ったな。
でもな、“信じた人間の中には存在してる”。
そういうもんだよ、夢ってのは」
そして、三宅は背を向け、出口に向かって歩き出した。
「止めたって無駄さ。
誰もが、“草が生える未来”に金を出してんだよ。
それを壊す奴が、ほんとの悪党だぜ」
扉が閉まった。
室内には、陽太と――封筒だけが残された。