スピンオフ章:佐倉美咲、疑念の追跡
【場所:市役所・地域振興課 資料室】
月曜の昼下がり、誰もいない資料室の棚を前に、佐倉美咲は腰を下ろし、農水省が過去に発表した飼料作物の室内栽培に関する技術検証資料を広げていた。
古いが信頼できるレポート。
水耕によるチモシーの室内栽培は「可能ではあるが、エネルギー効率が極端に悪く、コストが現状の5~8倍になる」と明記されていた。
(……じゃあ、グリーンエイド・ホームの“畳2枚で10トン”って、どうやって……?)
ふと不安になり、彼女はスマホを取り出して**「EcoFuture Systems Inc.」**を再検索する。
やはり住所は「カリフォルニア・グリーンバレー工業団地」のみ。
Googleマップに同名の場所は出るが、ピンは空き地。
会社名を入れても、企業登記サイトには一切ヒットしない。
そして、何気なく画像検索をして――見つけてしまう。
(……この工場の写真、別の“水耕栽培器メーカー”のサイトでも使われてる)
ストックフォト。つまり、嘘だ。
胸の奥が、ざらりと冷たくなる。
だが、美咲はすぐに自分に言い聞かせた。
(まだ断定はできない。偶然かもしれない。けど――確認しなくちゃ)
【場所:農業技術研究所(県の試験場)】
数日後、美咲は県の農業技術試験場を訪れていた。
顔見知りの技術主任・大竹に、例の装置の仕様資料を見せる。
「これ……“1日10トン”って、ホントに可能ですか?」
「10トン? 草を? 1日で??」
主任の目が完全に虚無になった。
「畳2枚分の面積で? 光源はLED? 電力は一般家庭並み?
それ、理論上ですら成立しないよ。というか“農業”じゃない。魔法だよ、それ」
「……やっぱり、ですよね」
大竹は資料をパラパラとめくる。
「これ、ちゃんとした“仕様書”じゃない。数字が曖昧すぎるし、使用してる部材の記述がない。
“開発中”とか“検討中”ばっかり。こういうのは、だいたい詐欺か、無知な素人の夢物語だよ」
美咲は深く息をついた。
(詐欺……本当にそうなの? だとしたら、こんな規模で?)
【場所:庁舎・副課長との面談】
「佐倉君、君ね、ちょっと調べすぎじゃないか?」
副課長の声は、柔らかいが明らかに牽制の気配があった。
「これは県も注目してるプロジェクトなんだ。
国の実証枠に乗れば、うちの年度評価にも関わってくる」
「でも、装置の根拠が不明です。補助金制度も――実在しないか、使い方が不自然です」
「……根拠は、民間の挑戦ってやつだよ。夢がなければ地方は死ぬんだよ、佐倉君」
夢。それは確かに必要だ。
でも、美咲は知っている。その“夢”が嘘だったとき、現場がどれほど傷つくかを。
彼女は、そっとデスクに戻ると、新しいファイルを立ち上げた。
【件名】グリーンエイド・ホーム構想調査報告書(非公式)
【作成者】佐倉美咲
【目的】構想に関する技術的・法的・制度的な正当性の検証
【備考】報告対象:未定(状況に応じて対応)
彼女は、静かに戦いを始めた。