第三章:美咲の違和感
【場所:市役所 地域振興課】
午後3時。
蛍光灯の白い光の下で、佐倉美咲は、企画書の一枚に視線を止めていた。
『グリーンエイド・ホーム』
——それは、先日行われた説明会で配布された、あの草の水耕装置の資料だった。
「……1日10トンのチモシー。畳二枚分のスペース。ほとんどメンテナンス不要……?」
彼女は眉をひそめ、ページをめくる。
そこに載っていたのは、CGで描かれた完璧な“装置の内部構造”。
ただし、肝心の動作原理についての説明が一切なかった。
「これは、どうやって水を循環させてるの? 光源は? 温度管理は?
熱源と吸排気は? ……なぜ、そこが書いてないの?」
背後で同僚の男性職員がのんびり言う。
「いや〜、俺あの話、すごいと思ったよ。草が金になるって、まさに時代じゃん?」
「……だから、逆に怖いんです。“信じたくなる話”って、もっとも危ないんです」
美咲は、資料を持って一人で会議室にこもった。
そして静かに、自分の調査を始める。
【ネット検索履歴/画面】
[チモシー 水耕栽培 実験例]
[アメリカ製 水耕装置 ネブラスカ州]
[EcoFuture Systems 実在]
[チモシー 1日収穫量 現実的?]
検索の結果、どれもが「該当なし」「商業ベースでの成功例なし」。
それどころか、「EcoFuture Systems」という社名の企業は、アメリカに実在しなかった。
(……ない。どこにも、実績も、根拠もない)
だが、世間は盛り上がっていた。
説明会の録画がSNSで拡散され、コメント欄には
「こういう未来が欲しかった!」
「地方再生の切り札になる!」
「政府が動く前に乗るべき!」
という声が並んでいた。
(信じたい人が多すぎる。……これが、“空気の圧力”か)
【場所:説明会の控室・後日】
美咲は、一人の男の姿を見かけた。
長身で少し疲れた顔、資料を抱えたまま壁際に立っていた男。
それが、後に彼女の調査を支えることになる男――山崎陽太だった。
「……あなた、あの装置の開発者、じゃないですよね?」
唐突にそう言われ、陽太は驚いたように振り返る。
けれど、美咲の表情は穏やかで、ただ真実を求めている目だった。
「私は、ただ……このまま“信じたふり”をしたくないだけです」
その言葉に、陽太は何も返さなかった。
だが、その視線は明らかに揺れていた。
【美咲のモノローグ】
信じたくなる夢ほど、構造を確かめる必要がある。
誰もが信じていたからこそ、私は**“疑わなければならなかった”。**
これは誰かを否定する話ではない。
ただ、「どうやって実現するのか」を聞くことを、
怖がってはいけないという話なのだ。
そしてその瞬間、物語は、“誰かの夢”から、私の現実になった。
こうして、最初の“違和感”が、静かに動き出した。
やがてそれは、大きな暴露へとつながる、ひとつの芽となって――。