第2章:幻の機械グリーンエイド
「牧草で国を変えるんだよ、陽太。言ったろ? 今回はスケールが違うって」
東京の外れにある小さな作業場。
看板もない。中は発泡スチロールと3Dプリンターの機械クズ、 そしてプリントアウトされたそれっぽい設計図が壁に貼られている。
三宅行成は、その中央にどっしりと座っていた。
その横では、中村誠司がタブレットをいじっていた。顔は険しい。
かつて電気工事会社をやっていた男だが、今では“なーんちゃってテック社長”として詐欺の片棒を担いでいる。
「これ、あんた……内部構造どうすんの? 本物のLEDも冷却ユニットも入らんよ?」
「いらねぇよ、中身なんて。動いてるように“見えれば”それでいいの。
でかいパネルとファン音、それっぽい配線。それだけで人間は勝手に納得する」
「てか、1日10トンって設定、無理ありすぎじゃない?」
「10トンって言うと笑うだろ? でもな、人間って“笑う前に想像しちゃう”の。
『そんなのあるわけない』って言いながら、頭の中では“あったらヤバいな”って考え始める。
そっからがこっちの勝ちよ」
中村は苦笑しながら、完成間近のモックアップを見やる。
白く塗装された直方体のハリボテに、意味のなさそうなタッチパネルと、海外製品のロゴっぽいシール。
「名前、よく思いついたな。“グリーンエイド・ホーム”って」
「語感が大事。グリーン=草。エイド=支援。ホーム=家庭。全部“優しい感じ”がするだろ?
“優しい言葉で騙す”のが一番効くんだよ」
そこへ陽太がやって来た。手には印刷した資料が数枚。
「パンフレット、一応作りました。海外の施設写真も入れて、実績っぽくしてます。
企業ロゴもそれっぽく、“Eco Future Systems Inc.”って名前で」
「ナイスだ!陽太、お前ほんと詐欺師のセンスあるわ」
「褒めてんのか、それ……」
陽太は苦笑しながらも、心の奥底にほんのわずかな不安を抱いていた。
嘘だ。全部嘘。でも、資料の出来が良すぎて、自分で信じそうになるのが怖かった。
その日の夕方、三宅と陽太は地方都市の小さな会議室にいた。
地元の農協関係者と畜産業者数名が、古びたスーツで座っている。
そして始まった――あのプレゼンテーション。
「皆さん、信じてください。
この装置で、1日10トンのチモシーが育ちます。畳2枚分のスペースで!」
スクリーンには、青白いLEDの下で牧草が生い茂るCG動画。
背後ではハリボテのモックアップが光を放っていた。
「これが広まれば、日本は“草の自給国”になります!
輸入に頼らない畜産、CO₂削減、地方創生、全部一気に解決です!」
農家の一人が、驚いた顔で言った。
「……ほんまに、そんなん,できるんですか?」
三宅は笑顔で答えた。
「できますよ。“もうすぐ”ね。試作機は今アメリカの研究所で最終テスト中です。
でも導入の予約は、今がチャンスなんです。先行30台、すでに20件埋まってますから」
その瞬間、会場の空気が変わった。
誰もまだ「信じてない」。だが、信じた者だけが得をするかもしれない――
その甘い予感が、彼らの表情を曇らせ始めていた。
陽太は、モックアップの隣でじっとそれを見ていた。
(――始まった。あの“信じたい顔”たちが並ぶこの瞬間。
俺たちはまた、夢を見せる詐欺を始めたんだ)
(地方農業センター・説明会会場。三宅行成、壇上)
「皆さん、そろそろ“金の話”に入りましょうか」
三宅はニヤリと笑った。スクリーンが切り替わり、大きな円グラフと矢印が並ぶ。
「このグリーンエイド・ホーム、定価は498万円です。
高い? いやいや、ちょっと待ってください。
ここで登場するのが――国の補助金制度です」
次のスライド。
●農業新技術導入支援補助金:上限300万円
●地方畜産業持続化事業:補助率70%
●高齢者雇用型スマート農業支援枠:1台あたり120万円
⇒ 合計:実質支援額 約520万円
「……どうです? お気づきになりましたか?」
会場がざわつく。農協職員が眼鏡をクイッと上げる。
「はい、そうなんです。買ったほうが、儲かるんです。
機械代を払っても、お釣りがきます。
つまりこの装置、**“持ってるだけで得する草生やしマシン”**なんです!」
(陽太:うわぁ……出たな、その言い回し……)
「しかも、導入後はAIが勝手にティモシーを生やしてくれる。
出荷先? 大丈夫。うちが全部買い取る手筈も進めてます。
つまり――ノーリスク、ハイリターン、ノーメンテナンス。」
三宅は熱弁を続けながら、スクリーンの下に表示されたテロップを指差す。
【※実際の補助金交付には審査があります/※制度は年度により変更の可能性あり】
「ま、こういう“ややこしい注釈”は気にしなくていいです。
皆さんがすべきことはただひとつ――今ここで、申し込むことだけ!」
会場前列の農家のひとりが、思わず手を挙げる。
「……ほんとに、全額戻ってくるんですか?」
「戻ってくるどころか、昼メシ代も出るかもしれませんよ? いや冗談抜きで!」
大笑いする三宅。だが、その笑顔は全員に“夢があるかも”と思わせる魔力を帯びていた。
後方で、佐倉美咲が手元の資料を睨みながら、小さく呟いた。
「……補助率70%? そんな制度、今のところ存在しないはずだけど……?」