エピローグ:芽吹き
あの人は、最後に僕にこう言った。
「俺がばらまいた草は、全部嘘だった。でもな、
信じた奴がいたってことは、少なくとも**“本当になってほしい”草だったんだろう」って。
僕はそれを聞いて、
“じゃあ、僕が本物を育てます”って言った。
『最後の収穫』
―それは、嘘をまいた者と、信じた者の、最後の対話だった。
【数年後/高専構内の研究棟・一角】
部屋の一角に、畳1枚ほどの透明なボックスが設置されていた。
中には白いLEDが灯り、小さな噴霧器が優しくミストを撒いている。
その中央には、青々としたチモシーの若草。
研究発表の日、説明を始めたのは、黒縁メガネをかけた青年――佐藤翔太、18歳。
「これは、“ハコニワチモシー”と名付けた水耕栽培装置です。
チモシーを畳1枚のスペースで、週に5キロまで育てられるよう最適化しました。
目標は、**小規模農家や高齢者世帯でも使える“現実的な草の自給”**です」
会場がざわつく。
「チモシー?」「また草か?」「でもこれは本当に……?」
翔太は一呼吸置いて、続けた。
「僕の祖母は、かつて“草で未来が変わる”という話に騙されました。
だけど……信じたこと自体を、最後まで後悔しませんでした。
だから僕は思いました。だったら、本当に育つ草を作ればいい。
あの嘘を、希望だったと言えるようにすればいいって」
静かに、しかし確かに、会場の空気が変わった。
【その後】
翔太の装置は、まだ売り物ではなかった。
でも、町の農家に試験的に貸し出され、
「猫の餌にちょうどいい」「牛の副飼料になりそう」
「なにより、孫が喜ぶ」と、少しずつ小さな評判を得ていった。
SNSで「#ほんとの草装置」が広まり、翔太の発表動画は再生数を伸ばす。
やがて、クラウドファンディングが始まり――
目標額は、三宅行成がかつて“巻き上げた金額”の、わずか100分の1。
でも、そこには確かに人がいた。
信じたいのではなく、“一緒に育てたい”と願う人たちが。
【ある日、翔太の研究室に届いた手紙】
差出人:山崎陽太
「あの時、黙ってしまった俺の代わりに、君が“育ててくれて”ありがとう。
君の装置が、日本で最初に“本物のチモシーを生やした箱”として語り継がれますように。
いつか、君の草を見に行ける日を楽しみにしてます。」
翔太は笑って、白衣の袖をまくる。
その先には、新しい試作機が動いていた。
LEDが静かに光る。
チモシーの若芽が、まっすぐに伸びていく。
風も、土も、空もなくとも。
この草だけは、嘘じゃない。
最後の最後に芽吹いたのは――
かつて信じられた“偽物の夢”からこぼれた、本物の種だった。