表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

静かな訪問者:希望の形を問いに来た少年

【場所:市役所・地域振興課 窓口/秋の午後】


風が涼しくなった頃。

世間ではチモシー詐欺事件も一段落し、メディアも次第に話題を手放し始めていた。

けれど、佐倉美咲は変わらず、毎日あの報告書の副本を机にしまい、

ひとつの信念だけを背負って業務を続けていた。

その日の午後、窓口に背の低い中学生くらいの男の子が立っていた。

「……佐倉さんって、いらっしゃいますか」

受付が一瞬戸惑い、美咲を呼ぶ。

「はい、私ですけど……どうかしましたか?」

少年は少し緊張したように頭を下げた。

「僕……おばあちゃんが、あの草の機械のことで、お金を失ったんです。

あの、テレビで見て、佐倉さんのこと……調べてきました」

美咲ははっとする。

「あ……そう……だったんですね。

わざわざ来てくれて、ありがとう。お名前は?」

「翔太です。佐藤 翔太。

……あの、ちょっとだけでいいから、話してもいいですか?」


【会議室・二人きりの面談】


翔太は少しだけ涙をこらえるような顔をしていた。

「おばあちゃん、最初、すごい嬉しそうだったんです。

“草で未来が変わるのよ”って。

“これがあれば、おじいちゃんが昔やってた畑を、また始められるかもしれない”って」

美咲は、黙って耳を傾ける。

「……でも、装置が来なくて。テレビで“詐欺だ”ってやって。

おばあちゃん、誰にも何も言えなくなって、家の中で泣いてた」

翔太は、ポケットから折りたたまれた紙を取り出す。

そこには、年配の筆跡でこう書かれていた。

「私は、信じたことを後悔していません。

あれが嘘でも、少しだけ“希望”をもらえたから。

でも、その希望を作った人が、もしまた誰かを騙すなら――

それは、止めてほしいです。」

「……これは、僕にだけ言ってくれたメモです。

でも、僕じゃ何もできなくて。だから、佐倉さんに渡したくて……」

美咲は、その紙を両手で受け取った。

涙は流さなかったが、確かに心に何かが染み込んでいった。

「ありがとう、翔太くん。……おばあさま、勇気のある人だったんだね」

翔太が顔を上げる。

「佐倉さん……これから、こういうの、またあると思いますか?」

しばらくの沈黙のあと、美咲は、静かに微笑んだ。

「……きっと、またあります。

でも、そのときに“信じた自分を責めなくていい”ように、

誰かがちゃんと、嘘と夢の境目に線を引いておく。

それが、私の仕事なんだと思う」

翔太はゆっくりと頷き、立ち上がった。

「じゃあ、僕……いつか、“本当に草が生える機械”を作ります」

美咲は驚いたように目を見開き、それから笑った。

「……そっちの“夢”は、応援するよ」

【その日、机にしまわれたもう一枚の紙】

「私は、信じたことを後悔していません」

それは、美咲にとってもまた、“信じた誰か”の言葉として、

静かに心の奥にしまわれた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ