終盤章:新たなる“緑” ― 仮想通貨、そして次の嘘へ
【場所:東南アジア某都市・コワーキングスペース】
ガラス張りのビルの一角。スタイリッシュなカフェスペース。
三宅行成は、MacBookを開いた若者たちの間に溶け込むように、
スーツの上に薄手のジャケットを羽織り、ノートPCの前でにこやかに笑っていた。
テーブルには、印刷されたピッチ資料の表紙がある。
『GreenBit Project』
― 草の価値をトークン化する、新時代の地球循環型エコ通貨 ―
「草はね、もう“飼料”じゃないんだよ。通貨なんだ」
向かいに座るのは、若いマーケター風の男と、暗号資産に詳しい技術者。
「世界中で“緑”に価値が置かれてる。CO₂削減、脱炭素、サステナブル農業……
でも、そこに明確な評価基準がまだない。だから俺たちが作る。
草1キログラム=1GreenBit。どうだ、分かりやすいだろ?」
若者たちは苦笑する。
「それ、実際に草が育つわけじゃないんですよね?」
「当然だ。想定草量さ。
トークン保有量に応じて、俺たちが管理する“仮想草畑”が拡張される。
画面には毎日チモシーが伸びるCGが表示される。
収穫=利確。成長=ステーキング。……イメージは、伝わるだろ?」
「なんか“それっぽい”っすね……」
「“っぽさ”が価値を生むんだよ。
実際に何があるかじゃない。信じたくなるシステムがあるかどうか、だ」
三宅は小さく笑いながら、プレゼン資料のページをめくる。
GreenBit:ERC-20規格(偽)
バックボーン:エコアセットとの連携(嘘)
NFT連動:草1本に個別シリアル番号を付与(意味不明)
「問題は、最初にどこから火を点けるかだ。
日本はもう使えない。だから、アジア圏の富裕層と、日本の“失敗組”を狙う」
「失敗組?」
「“一度騙されたことがある”人間は、意外とまた騙される。
なぜなら、“今回は勝ちたい”って欲が強くなるからさ」
彼はタブレットで送金用ウォレットを開きながら言った。
「すでに、前のプロジェクトで使った名前は捨てた。
今度は**“草間陸”って名前で行く。どう? “緑の救世主”っぽいだろ?」
若者たちは笑いながらも、どこか引いていた。
だが――その一人が呟いた。
「……でもさ、こんだけ喋ってて、あんた本気で信じてるの? このプロジェクト」
三宅はふと黙った。
コーヒーを一口飲み、ほんの少し笑って、こう言った。
「俺が信じなくて、誰が信じさせるんだよ。
夢ってのは、“語った奴が一番信じてる”とき、一番よく育つんだよ。草みたいにな」
その夜、グリーンビットのWebサイトが立ち上がった。
真っ白な背景に、美しい草の波。
右上にはカウントダウンタイマー。
“地球が緑でつながる日まで、あと:27日12時間8分”
まだ、何も始まっていない。
だが、また誰かが信じてしまいそうな“匂い”だけは、充満していた。
そして、その中央には、あの男の言葉が飾られていた。
「草が金になる時代へようこそ」― 草間 陸