終盤章:記録という戦い
【場所:市役所・第3会議室】
午後3時、庁内の報告会議。
出席者は市長、副市長、担当部長、企画課長、そして報告者――佐倉美咲。
テーブルに配られた報告書の表紙には、はっきりとタイトルが記されている。
『グリーンエイド・ホーム事業に関する調査報告書(最終)』
作成責任者:佐倉 美咲(地域振興課)
静寂の中、美咲は立ち上がった。
何度も練習した――でも、手は少しだけ震えていた。
「本報告書は、当市が一部支援を検討していた『グリーンエイド・ホーム』構想について、
技術的・制度的・経済的に実行不可能であったことを示し、
加えてその背景に、意図的な虚偽説明と詐欺行為があった可能性を指摘するものです」
資料には、内部から提供された証拠が添付されていた。
詐欺構造、虚偽の法人、補助金制度の誤用、金の流れ、そして“装置が存在しなかったこと”。
「……我々が“夢”に乗ったことを否定するつもりはありません。
ただ、その夢に構造がなかったことを、事実として記録に残す必要があります」
副市長が口を開く。
「しかし佐倉君、これは結果的にうちの失点にもなりかねない。
外部への提出は控えるべきでは?」
「控えることが、“失点を回避した”と見なされるでしょうか?
今後、同様の案件が来たとき、どうやって判断するんですか?」
会議室の空気が重くなる。
だが、美咲は、迷わず言った。
「これは、自治体が夢に手を出すときの“責任の形”です。
詐欺師を裁くのは警察でも、
騙されたフリを続けるのか、それを検証し言葉にするかは、私たちの仕事です。」
しばらくの沈黙。
やがて、市長が口を開いた。
「……分かった。報告書は公開してくれ。
責任の所在も含めて、正直に出そう。
どうせ、火はもうついてる。だったら、正しい場所に灯そう」
【その日の夕方:地方紙・速報ニュース】
【特集】地方自治体が詐欺事件を認定――「草の夢」構想、完全崩壊
「誰もが信じたがっていた」“幻想の装置”、公的に虚偽と判断
佐倉職員「構造なき希望に、構造ある検証を」
SNSでは、珍しく称賛の声が相次いだ。
@morichan_d
「市役所の人が“騙されたままで終わらせない”って、超カッコいいじゃん……」
@shimatsu_u
「夢見た自分も責任ある。けど、見た夢を記録にする姿勢に救われる」
【美咲の自宅・夜】
報告書の最終原本を、自宅の書棚にしまいながら、美咲はひとり、呟いた。
「……あんたの言ってた“夢”ってやつ。
きっと、全部嘘だったけど――
それに惹かれた人が、いたってことだけは、記録に残しておく」
その声は、静かに、強かった。