崩壊編:告発の種、逃走の影
【場所:市内・小さな喫茶店/夕方】
壁の時計が、5時を回った。
いつものコーヒーの香りも、この日ばかりは苦く感じた。
「……ほんとに、いいんですね?」
美咲は、書類を広げながら静かに言った。
陽太は頷いた。
その表情には、もはや迷いはなかった。
「俺が止めなきゃ……たぶん、三宅さんは最後までやり通します。
“存在しないものを、未来として売り切る”っていう、あの人なりの正義で」
美咲は小さくため息をつきながら、資料を確認した。
封筒の中には、こう記された書類のコピーが揃っていた。
•グリーンエイド・ホームのモックアップ図面(内部構造は空洞)
•架空法人「EcoFuture Systems Inc.」の偽サイト作成依頼メール
•三宅が用意した「補助金制度に関する資料」の元ネタ(実際は別制度の切り貼り)
•投資金の振込先口座リスト(いずれもペーパーカンパニー名義)
「……ここまで出そろってれば、記者も動くはずです。
でも、一度世間に出したら――もう後戻りはできません」
「分かってます。
俺、もう誰にも“夢でした”って言い訳したくないんです」
美咲はスマホを取り出し、静かに画面をタップした。
取材協力を打診していた地元のジャーナリストからの返信が表示される。
「確実な証拠があれば、特集組めます。協力します。」
陽太の目が、少しだけ安堵の色を浮かべた。
だがその瞬間、喫茶店の外を通りかかる人影に気づき、わずかに体を固くする。
――三宅行成だった。
ガラス越しに一瞬だけ目が合った。
彼は笑っていた。
だが、その笑みには何の冗談もなかった。
【場所:レンタルオフィス・深夜】
三宅は、ひとりで書類を焼却していた。
古い契約書、社名ロゴの入った封筒、使い終えた名刺――
“嘘の痕跡”を消すための儀式のように、丁寧に炎にくべていく。
「……陽太、やっぱりお前は向いてなかったな」
誰に聞かせるでもない独り言。
灰になっていく紙片の向こうで、彼はじっと考えていた。
「夢は、途中でやめるやつには重すぎる。
信じ切って売り続けてこそ、“奇跡に見える詐欺”になるんだ。」
彼のスマホに、ある通知が届いた。
【海外送金完了】
口座名義:MIYAKE K
国:香港
静かに笑みを浮かべる。
「さて――次の夢は、どこの空で語ろうか」
だがその時、画面の下に別の通知が現れた。
【速報】地方発“水耕栽培詐欺”疑惑 内部告発者証言で急展開か
三宅は指を止めた。
そして、はっきりと呟いた。
「……始まったな。俺の“最後の収穫”が」