第一章:再会と再起動
人は、ときに嘘を信じてしまいます。
それは愚かだからではありません。
信じたくなる何かが、そこにあったからです。
この物語は、ひとつの“草の機械”から始まります。
存在しない未来を語り、金を集め、夢を売った詐欺師の話です。
「草で未来を変える」
「1日10トンのチモシーが生える」
「補助金でお釣りが出る」
そんな話を、笑うのは簡単です。
けれど、信じてしまった人がいた――
そのことを、私たちは“笑って終わり”にしていいのでしょうか?
詐欺は確かに、罪です。
けれど、「信じたこと」そのものは、
ときに人生の中で最もまっすぐな行為でもあります。
本作に登場する詐欺師・三宅行成は、まぎれもない加害者です。
しかし、彼が語った嘘の中には、
人々が“見たかった未来”が、確かに宿っていました。
そして、その嘘に触れて傷ついた者たちが、
やがて自らの手で、“本当の夢”を育てていきます。
本作『最後の収穫』は、
詐欺の構造を描く物語でありながら、
その奥にある「人間の信じる力」と「育て直す力」を描いた物語です。
もし、あなたが何かに裏切られた経験があるなら、
もし、自分の信じた道が崩れたことがあるなら――
きっとこの物語のどこかに、あなた自身の“希望の種”があるはずです。
駅前の喫茶店――昭和が時を止めたような場所。
煙草のにおいが染みついたベロアのソファ、かすれたメニュー、壁には謎のウィスキーの広告。
午後三時。
その店の奥、一番光の当たらない席に、とんでもなく胡散臭い男が座っていた。
三宅 行成。六十八歳。
前髪を無理やり前方に引き出した見事なバーコードハゲ。
なのに、テーブルには「毛が生えるクリーム」なる怪しいチューブが置かれている。
「おう、陽太。どうだーこのクリーム、**週に2回でこのボリュームよ。**分け目が濃くなったろ?」
「……どこがですか」
「分かんねぇかな~? 見る角度だよ、角度!」
三宅は自分の頭頂部をペシペシ叩きながら笑った。
その手つきは妙に自信に満ちている。詐欺師とはこういうものだと、陽太は昔教わった。
「で、何の用ですか。俺もう、そういうのやってないって言いましたよね」
「お前、今“そういうの”って言ったな? だめだなぁ、言い方が悪い。これは未来事業だよ。」
三宅はそう言って、懐からタブレットを取り出した。
いつものクセで、やけに優雅な手つきだった。
画面には、白く光る謎の装置と、青々とした牧草のCG。
「……なにこれ。宇宙農園?」
「違う違う。“グリーンエイド・ホーム”っつってな。
**チモシーが、1日10トン育つ。畳2枚分で。**AI制御、CO₂調整、水は水道。文句ある?」
「いや、全部ありますよ……」
「細けぇこと言うな! 大事なのは、“信じさせるかどうか”だ。
チモシーは今、キロ200円以上してんだ。これを国産で出せたら……どうなる?」
陽太はコーヒーをすすりながら、ため息をついた。
まただ。三宅のいつものパターン。荒唐無稽なアイデアに、限りなくリアルな経済事情を混ぜ込む。
「……で? 実機は?」
「“ほぼ完成”してる。“もうすぐできる”って言っておけば十分だろ。
なにせ、プレゼンとモックアップで2千万は固い。初動で一発抜ける」
「またかよ……」
「俺の引退作だ。この国を草で埋めてやる。……いい夢だろ?」
三宅はそう言って、ニカッと笑った。
前髪がズレた。だが本人は気づいていない。
その笑顔を見て、陽太は心底思った。
――この人、最悪だ。でも、なぜか惹かれる。
「チモシーが1日10トン育つ」
「畳二枚で国を変える」
「補助金でお釣りがくる」
誰がどう考えても、おかしな話です。
でも、それを信じる人たちが、ちゃんといる。
それは彼らが愚かだからではありません。
信じたくなる話は、いつだって、現実より少しだけ都合がいいのです。
第一章では、三宅行成という“ほら吹き詐欺師”が、
この物語の中心に据えられました。
彼の語る夢はあまりに馬鹿げていて、
それゆえに、どこか人の本能に訴えかける魅力を持っています。
彼の言葉には真実はありません。
でも――「真実“だったらいいな”」という希望は、確かに込められています。
この章が描いたのは、
“夢”が生まれる瞬間。
いや、正確には“夢だったことにしたい”という感情が生まれる瞬間です。
この先、登場人物たちはそれぞれ、
この嘘と夢の境界線に立たされます。
信じる者、疑う者、騙す者、そして――育てなおす者。
どうぞ、物語の続きを読んでください。
すべての“草の話”は、まだ芽も出ていないところから始まるのですから。