第八話:旅の前/一日目
“特訓”を始めてからもう一ヶ月が経ったある日。そろそろダンジョンに向けての対策が必要らしく、オレは現地に向かっていた。イアン見つけたダンジョンはどうやらいつも狩りをしている森の奥にあるらしい。イアンはオレに何らかの紙を渡すと、「先に行って待ってるねー」と光って森の奥へ行ってしまった。そんな無責任な……と1人でしばらく呆けていたが、気を取り直してまずはイアンに渡された紙を見る。するとなにやら矢印の先のようなものの下に点がある記号(?)を中心に、絵が描かれているようだ。
(なんだこれは?てっきり地図を渡してくれたのかと思ったのに……)
とりあえず一度戻って身支度をしようと家に戻ろうとすると
[行き先を変更しますか?]
明らかに肉声ではない、無機質な声(?)があの紙から聞こえた。
(ほんとうになんなんだこれは!?)
紙から声が聞こえるなどありえない。少なくとも、オレはそんな紙があることを知らない。
(それより今行き先って言ったのか?もしかして、これは、地図なのか?)
「おい、お前は、地図なのか?」
思わずオレはそう口にしてしまった。
[初回の利用者を確認。説明モードに移行します]
(説明モード?さっきから分からないことばかりだな……)
どんどん知らないことが増えていくが、もうおとなしく声に従うことにした。その声は無機質だが丁寧で分かりやすく、そのままメモにまとめると
[音声を聞いて書いたメモ]
・この紙は魔具であり、名前は〝便利地図〟
・目的地を指定するとそこに行くまでの最短距離を音声も用いて導いてくれる
・記号は自分と自分が今向いている向きを指し示す
・周囲に描かれているのは天から見た大まかな景色
・一度検索した場所はいつでも検索し直すことができる
(随分と簡潔に済んだな。それほどまで簡単に扱えるということか)
かなり便利な魔具だと分かり、なんだかんだイアンは優しいのだと改めて感じた。
[説明モードの終了を確認。検索モードに移行します。調べたい場所を選んで下さい]
便利地図がオレに検索を促す。
「なら、前回調べた場所をもう一度頼む」
ダンジョンがどこか、名前がなんなのかもオレは分からないため、検索のし直しを選択した。すると便利地図の画面はスルスルと動いて、オレには何が起こっているのか全く分からないまま事が進んでいく。
[検索履歴から参照します……検索履歴より前回検索したのは“濃霧漂う眠りの森”です。最短距離を検索しています……ここから“濃霧漂う眠りの森”まで徒歩で、およそ96時間30分です]
「……は?」
なぜか、最後の音声だけやけにはっきり聞こえた気がした。体がオレに恐怖を思い起こさせる。ほんとうに、オレはなんでアイツを少しでも優しいなんて思ってしまったんだろう。
(そうだ……何を勘違いしていたんだ。アイツは、自分のパーティーメンバーだと言ったやつを自らの手で殺す幻覚を何度も見せてくるような狂ったやつじゃないか!)
勇者という称号を持ちながら優しさの欠片もないこの仕打ち。どうして強いやつはこう、頭のネジがトんでいるやつが多いのだろうか?
(そうだ、アイツはもっとブッ飛んだことやってたんだ。オレの場合は96時間30分だから……時間だけなら4日ちょいぐらいか。でもアイツは、歩いたら2週間はかかる道のりを、地図もなしに走って行ったんだ。オレはその後ろ姿を、ただ眺めることしかできなかった……だからこそ今、オレは、あの時のオレと決別して、乗り越えなきゃならない)
「ならこの程度は攻略しないと、話にならないよな」
オレはそう決意して、準備のために改めて家へ向かった。
(96時間以上の道なら、食料は道中で得るしか無い。睡眠を除くと一日で15時間ずつは進みたい。いや、それほど眠れないだろうから18時間ずつだろうか、最短で5日と6時間半、最長でも1週間以内には到着しよう。一日目の食料は作るとして、武器はナイフをメインにして、矢はあまり持っていかないほうがいいか。状態異常を治す薬は予備も含めて気持ち多めに持っておこう)
あれもこれもと持っていってかさばることが無いように、しっかり取捨選択をして死を回避する手段を吟味していく。結局旅の準備をしている間に日が暮れて、この日の内に出発することはできなかったため、明日の朝に出ることにした。
〜翌日〜
まだ日も昇らない内に目を覚まして、いつもよりしっかりと朝ご飯を食べて、昨夜準備した道具たちを再確認する。必要なものがちゃんと入っていることが分かったオレは、便利地図を持って出発した。地図はとても単純に道を示した。ただ森を突っ切って進む、それだけだ。だが、この地図はどこに何が多く生息しているなども、把握できるらしく、示されたそれを避けて通ることで森を堂々と通っているとは思えないほど順調に進んでいた。無理をしすぎないように、でもできる限り速く進めるように、魔法で脚力を強化して体力を上げて、疲れたら木陰で休んでまた進む。昼過ぎになったら用意したお弁当を食べて、しっかり休んでからペースを上げる。そのまましばらくは休まずに進み、休んだ頃には日が傾き始めていた。
(出発してからここまでの時間を合計すると15時間、そのうち休憩したのは4時間半。となるとあと4時間半は進まないと行けないのか……走ってる訳では無いし、高低差も少ないとはいえ流石にこれは……)
キツイ、と言いたいが言葉に出してしまえばそこで終わりだ。こんな所で立ち止まるわけにはいかない。休めばまだ動けると己を奮い立たせ、次の移動に備える。そろそろ動物や魔生物、魔獣が活発に動き始める頃だ。これからは警戒しつつ進まないといけないし、今日の夜の食料や睡眠の場所と時間の確保が必要だ。さっさと場所を見つけるのがいいだろう。
(手っ取り早いのは魔獣が溜まっている所で休むことなんだが……)
魔獣は魔力からできているとはいえ、動きはその外見の動物と似ていて、住処を作ることもある。生態系への害も考えなくて良いため、魔獣の作った巣は都合が良い。
(まぁそんなに都合良くいくはずがないんだが……)
あったら良いな程度の気持ちで心に留め、それから約2時間森を進んだ。途中で魔生物や動物を見つけては、刺激しないようにそっと回り道をして、一匹で孤立しているものは素早く狩って解体してまた進む。夜に向けての準備や、襲われないための警戒も必要であるため、午前や昼のようにサクサク進めるという訳にはいかなかった。だがしかし、ここで運がオレの味方をする。魔獣の溜まり場が見つかったのだ。すぐさま木の上に登って様子を伺う。その魔獣は狼の姿かたちをしており、どうやら狩りの前に仲間が集まっている途中だと推察できた。まだこちらには気づいていない。巣穴があることも確認できた。
(なんて運のいい……後で不幸が返ってきてダンジョンで死んだりしないか心配だ)
しかしそんな未来のことを思っていても仕方がない。オレは魔獣を一気に倒すためのトラップを木の下に敷く。
「生活魔法『耕作』」
オレは上からリーダー格の証である角を持った狼魔獣を弓矢で狙う。リーダーの象徴であるそれは力の源であり、攻撃手段の媒介なのは今までの経験から分かっている。さらにそれには周囲を察知する能力が無いことも。故にオレはその角を射ち抜いた。ギャオォッと苦しむ鳴き声が聞こえ、オレがさっきまでいた木に向かって射抜いた魔獣の周りにいた群れが走っていく。それを横目にオレは射抜いた狼魔獣の息の根を止め、魔獣たちが向かった方を向いた。瞬間木が不自然に傾いたと思うと、周りの地面が陥没して魔獣たちは体を強打した。苦しむような唸り声は、怒鳴っているようにも聞こえる。複数体で落ちていたし、魔獣たちでは抜け出すのは困難だろう。
(他に魔獣の気配は……無いな。ならコレが使える)
落とし穴を免れた魔獣がいないことを確認したオレは、荷物から瓶を取り出し、その中の毒を落とし穴の底へ落とした。悶え苦しみ暴れだす魔獣たち。仲間も関係なく蹴り上げ噛みつき、その苦しみから脱しようともがき続ける。そのたびに魔獣たちはダメージが蓄積されていき、ジワジワと毒に侵され刻一刻と生きる力を失くしていく。オレが気づいた頃には落とし穴に複数の魔力結晶がキラキラと輝いていた。ありがたくそれは回収しておき、奴らが作った巣穴を見る。人ひとりは入れそうだ。草木で簡易的な寝床を作り、出入り口を隠して、外で今日の夕飯の準備をする。乾いた枝と草を集めて火をつける。
「生活魔法『火種』」
今日の夕飯はウサギ肉と森の野草あと保存カバンに入れておいたおにぎり1つ。ウサギ肉は焼き時間が魚より長くなるのが欠点だが、森だと特に取りやすく捌くのも難しくない。まだ川のある地点ではないし、適所によってメニューを変えないとサバイバルでは生きていけない。
(そう考えるとますます【生活魔法】の有用性が現れるな……。本当に教えてもらっていて良かった。アイツもきっとこんなふうに思ったに違いない、1日生きただけでもこう思うのだから)
食事を終え、火の痕跡を消して眠りにつく。当初の予定より進みが遅い気もするが、疲労のせいで死ぬより全然マシだ。
(おやすみ)
音声を聞いて書いたメモ
・この紙は魔具であり、名前は〝便利地図〟
・目的地を指定するとそこに行くまでの最短距離を音声も用いて導いてくれる
・記号は自分と自分が今向いている向きを指し示す
・周囲に描かれているのは天から見た大まかな景色
・一度検索した場所はいつでも検索し直すことができる