第七話:“特訓”
「「ごちそうさま」」
昼ごはんも食べ終わり食器の片付けも終わらせたところで、弓矢を持って外に出る。先ほど言われた通り、これからイアンと“特訓”だ。
「さて、“特訓”を始めよう。まず俺に全力の攻撃をしてみてくれ」
言われなくてもそのつもりだとオレは矢を4本構えて全力を込めてイアンを注視する。
「……『矢の群衆』」
4本のうちの1本が大量の矢に変わり、1点を貫く矢が一気に広範囲を襲う面攻撃に変貌する。
「『一点集中』」
広がっていったと思われた矢が物理法則を無視して一斉にイアンに切っ先を集中させる。
「【風魔法】『追い風』」
さらに魔法で矢の加速をしつつオレの速度も上昇させる。今のオレができる限界の引き絞りとスキルの組み合わせがイアンに牙を向いた。……はずだった。
「【光魔法】『閃光の群衆』」
その一言の瞬間に出現した無数の閃光が矢たちを弾きオレに向かう。加速を利用してオレはそれとすれ違い、全力を込めた一筋の矢をイアンへ一直線に打つ。
「【風魔法】『風穿つ道』」
(これなら避けれないだろ!)
そう思った瞬間オレの矢の速度を遥かに上回る速度で接近してきたイアンが光の弓でオレを斬り裂いた。
(あっ……)
「【……魔法】『□□□』」
意識を失いかけた瞬間なにか詠唱が聴こえたと同時に目の前で光が弾け、オレは目を覚ました。気づけば斬り裂かれたはずのオレの体にはどこにも傷がなかった。
「えっ……は?え、っ、こえっ、オレ、声、出て、る?えっ、は?オレ、なんで、死、んで、ない?」
「あーごめんね。まあ混乱するよね。とりあえず君は死んでないよ。落ち着いて息吸って……吐いて……そう。よし、落ち着いた?」
オレはイアンに言われるまま呼吸を繰り返して生を実感し、なんとか落ち着きを取り戻した。しかし訳が分らない。今オレはオレ自身に起こったことを理解できない。
「イアン、今オレはお前に殺されたのか?」
「いいや、君は俺の魔法の幻覚に惑わされていたんだよ」
「幻、覚?あれが?」
だとしたら余りにも高度な魔法と技術だ。事前にする詠唱もなく、幻覚の魔法を使った気配もないというのに、あれほど生々しい幻覚を見せることができるなんて……本当に勇者というのは規格外なのだと改めて実感する。オレはこれほどの高みに近づくことはできるのだろうか?勇者パーティーに入るという事の大きさの実感が、オレの中に不安をジワジワと増やしていく。そんなオレを無視してイアンはどんどんと“特訓”の説明をする。
「今の“特訓”は実戦を想定した幻覚だ。君の行動に対して敵はどういう動きをするのか、というのを俺を使って再現した。こうして死に慣れることで、死ぬタイミングを予見して回避する……これはレネードが完璧に回避することができるまで毎日する“特訓”だよ。次は俺の高速移動を遅くするから、攻撃をいなす動きをすること。じゃあいくよ」
休憩なんてものはなくすぐに次が来る。いつの間にかオレが打った矢は全て肩にかけている矢筒に戻っていた。困惑と不安を抱えたままそれでも“特訓”をしなければと矢を構える。瞬間に幻覚(?)のイアンの体が光るのを捉え、回避と攻撃を受け流す意識をする。確かに刃をかたどった光を持って向かってきたイアンの動きを注視し、その刃に合わせて弓を振るう。空いた右手で矢を持ちイアンの左手にある光の短剣をいなす。だが、イアンは息をつく暇なく光の双剣を振るい続けるため、オレは反撃をすることもできないまま攻撃を受けきれなくなって2戦目も呆気なく終わった。
「くっ……」
またすぐに3試合目をすると予想して立ち上がろうとしたが、イアンはオレに座るよう促した。どうやらオレの今の課題を整理するようだ。
「うん……ダンジョン攻略を達成するために足りないのは筋力と体力、かな。技術に関しては申し分ないね。何度も襲撃されていたから対人戦に慣れていたのかな?」
オレを見ながらイアンはそう言ってきた。座って息をついたせいで、余計に未だまるで現実なのではないかと錯覚してしまうほどの死の衝撃が離れずイアンを見れないが、なんとか冷静を装うためにイアンと目を合わせないでオレは答える。
「いや、対人はアイツや父さんと組手をして身につけたんだ」
自分の身を守るためだと、父さんが教えてくれて、よく実戦形式でやっていた。
(父さんとやったときは一瞬で負けてたな。それよりアイツとやり合うときのほうが怪我が酷いし、喧嘩したときはもっと悲惨なことになってて、その度に母さんに叱られて……)
懐かしむとなぜか怒った母さんの顔ばかり出てくるな。
「なるほど。家族がレネードに身を守る術を教えてくれてたんだね」
そういえば、イアンはアイツについて何も聞いてこない。興味がないのか気を使ってくれているのか……なんだかこうして他のことを考えでもしないとあの衝撃に心を囚われてしまいそうだ。
(死に慣れるなんてムリだと思うが……やるしかない)
それにオレの課題はそれだけではなさそうだ。
「ああ、そうだ。それより、筋力と体力が足りないと言っていたが……どうすればいい?」
「筋力体力不足ってことは、単純に基礎能力が足りてないってことだから、ただひたすらに鍛え続けるしかないかな。あとはレネードがどれくらい時間をかけたいかだけど……長期間鍛えて万全に挑むか、多少無理してでも鍛える期間を短くするかどっちがいい?」
今更だが、どうやらオレは本当にとんでもないことに首を突っ込んだらしい。めんどうとか言ってる暇が無いような大ごとに。でも、やるならとことんやろう。それに、オレの一番の目的は勇者と共に魔王のところに行くことじゃない。
「短くしよう。組織なんてさっさとぶっ潰して、母さんを安心させるんだ(アイツに追いつくんだ!)」
さっきまで見れなかったイアンをまっすぐ睨んでオレは言う。睨みつけた先にあるイアンの目は、オレの心の叫びを見透かしているような気がした。しかしそんな感覚はすぐになくなった。
「オッケー、キツくしようか。単純に量が増えるどころじゃないから、覚悟してね」
早くも不安になるような言い方で、イアンはオレを煽ってくる。
「望むところだ」
オレは、頬を叩いて気合を入れた。