第六話:幸せな日常
外の風に当たり、火照った顔を冷ます。家族思いとか……そんなふうに褒められたのは、初めてだ。元々人との関わりを避けてきたせいだな。
(まあ、オレらは人に避けられてもいたが。母さんを狙う奴らが頻繁に来るから、周りの人たちは怖がって近づかなかった。オレらの間でこそ柔らかい雰囲気が流れていたが、少し周りに目線を向けると露骨によそよそしい風が漂っていたのが目に見えていた)
……これ以上は止めよう。他人にどう思われていようとオレたちは、オレたちでいて淋しくなかった、それで良い。考え事や過去の振り返りで自分を落ち込ませ続けるのは良くない。気を取り直して[洗浄]を発動した辺りの方を向くと、[洗浄]で発生していた泡は消え、汚れの無い武器が整列して空中に浮いている。弓矢を背負いそれ以外の武器は抱えて持って武器庫に向かい、体を使って扉を開けて見ると多種多様な武器たちが静かに眠っている。その横に新しく武器を並べ、背負っていた弓矢を入れ替えて武器庫を閉める。もう一度裏口から戻ったころには[料理]も仕上げに入るところで、少し早足でキッチンの前に立つ。【生活魔法】の[自動設定]には定めた時間で魔力消費が行われるものと、定めた過程に応じて魔力消費を行うものがある。それが【生活魔法】の危険な一面だ。"母さんのメモ"のおかげでその失敗はしたこと無いけど、もしあのメモを知らなかったらいったいどうなっていただろうと思うと気が気でない。ポケットの中にある“母さんのメモ”の辺りに手を当てて、ミスは許されないと自分に言い聞かせる。
(そういえばアイツは、できそうならすぐ実行!って性格でもあったせいで、一度【生活魔法】で失敗したんだよな。その時はアイツの魔力が急に減っていることに気づいたおかげですぐに【終了】をしろと言えたおかげで大ごとにならずに済んだが……もし魔力の減少に気づかないままでいたら、アイツは魔力切れを繰り返して生命力を失っていくしかなかったんだよな……あれほど心を痛めたのはアイツがいなくなるそのときまで無かったんだが)
そこまで思考したところで
ヒュルルル……ポンッ!
小さな花火が音を立てた。[料理]の過程がゴールした合図だ。それを聞いたオレは間髪入れずにキッチンに向けて宣言する。
「【終了】」
[料理]による魔力消費がプツリと切れ、オレから外へ流れる魔力が完全に消えたことを確認する。目の前にはなんとも心地よい香りのする、肉の味付け焼きができていた。やはりこの匂いは落ち着くな。
(アイツもオレもこれが一番の好物だったから、どっちが多く食べれるか勝負してたな。それを見咎めた母さんがゆっくり食べろと何度も怒っていたことも懐かしい)
そこまで思考して、オレたちは結構母さんを怒らせていたんだということに気づく。また仕送りのときに何か良いものを母さんのために用意しておこう。
「お、できたのか」
どこからか現れたイアンがニュッとキッチンの方へ顔を寄せる。おそらく匂いにつられたのだろう。こんな得体のしれない奴でも生き物らしい行動をするんだなと、思わず笑みがこぼれる。そんなオレを見てイアンが不思議そうに聞いてきた。
「ん?何で笑ってるんだい?」
「ふふ、いや、イアンもちゃんと生き物なんだと思ったんだ」
オレがそう返すとイアンは少し不服そうに目を細めてオレに言う。
「なにそれ。俺のこと死人か何かにでも見えてたの?」
「そうだな。天使とかの伝説上の存在かと思っていたんだ。なにせあなたは勇者だから」
オレはそう言ってイアンの姿を下から上へ見ていく。特に目に留まるのは腰に下げられている剣と、グローブと、鎧。どれもが白く光り輝いており、伝説と呼んでも遜色ないだろう。
「えっ、神々し過ぎるってこと?」
「まあそんな感じだな。イアンはずっと装備を外していないから、体温があるかよく分からない」
イアンのちょっと自己愛性な発言をオレはそのまま肯定しつつ、イアンの姿を見て感じたことを話す。それを聞いたイアンは軽く笑ってオレに返す。
「あぁそっか。ごめんごめん、光を扱う時は装備あったほうが楽だから、そのままにしてたんだよ。確かに食事時に装備のままでは無粋だよね。今着替えるよ」
パチンッ
イアンが指を弾いたと同時に光ったと思ったら装備のないイアンが目の前に現れていた。
「!?」
「あれ?めっちゃ驚くね。高速移動のときはそんなだったのに」
イアンはオレの驚いた顔をとても不思議そうに見つめる。
(いやまあどちらもイアンからしたら日常的な魔法なのかもしれないが……)
高速移動の魔法なんかと違って、身につけているものを一瞬で着替える魔法なんてものは見慣れないのが当然だろうと、オレは率直に感想を言う。
「いや急に服装変わるとびっくりするだろ」
「そういうもんなの?」
イアンは訝しげに聞き返してきた。
「そういうもんだ。それにしても瞬時に着替える魔法とは、便利なもんだな。【生活魔法】ではなさそうだが」
「なら今度レネードにも教えるよ。服装だけじゃなく、装備を入れ替える魔法もあるから」
オレは思いがけないイアンのありがたい提案に心が躍った。そしてそれを教えてもらえるのなら、自分にある密かな期待も現実味が帯びてきた。
「それは助かるな。装備を入れ替えると言うからには、収納の魔法も必要なんだろう?」
便利な事象がなんでも【生活魔法】に分類される訳では無い。【生活魔法】の条件は"そこにあるものを使用する"のが基本だからだ。もし【生活魔法】で服を着替えるのなら、手を使わず服をクローゼットから取り出して着替えるという程度のことしかできないだろう。
「そうだね。ダンジョン内まで家から呼ぶっていうのは無理あるし……ま、その話はあとにして、ご飯にしたいなあ」
イアンのその言葉でご飯が出来上がっていたことを思い出す。ご飯に手を付ける前に話しすぎては不躾というものだ。この話は少し置いといて、オレとイアンは席につく。
「それもそうだな。じゃあ、手を合わせて」
「「いただきます」」
しっかりとご飯前の挨拶を済まして、箸と茶碗を持ち、米と肉をほおばる。肉と米は本当に相性がいい。確かな温もりと柔らかな食感が、オレたちを幸せへ導いてくれる。
(まぁ勇者パーティーになるなんてことを了承したからには、これほどゆっくりとした幸せはしばらく来ないと思われるが……)
過ぎたことは仕方ない、今ある幸せを噛みしめるだけだ。食べ始めてから少しして、イアンが口の中のご飯を飲み込んでこれからのことを話し始める。
「ご飯食べたあとなんだけど、さっき言った魔法も含めて“特訓”をするからしっかり食べて体を動かせるようにしといてね」
「ああ、分かった」
ついに、勇者による“特訓”が始まる。いったいどれほど過酷なものなのだろうか……?
作中出てきた"母さんのメモ"です。【生活魔法】の使い方と注意書きがあります。
母さんのメモ
初心者さんもこれさえ覚えたらだいじょうぶ!【生活魔法】の正しい使い方
・実現させたい結果と、その過程をしっかりと想い描きなさい。
・上記の想像には、使用したい材料とその動き、変化の仕方など、細部まで含めて行うこと。より具体的な想像力が必要。
※1,これらにある通り、【生活魔法】には丁寧な魔力操作が求められます。何度も反復して体に覚えさせましょう。
ここからは『自動設定』について!
・『自動設定』は今まで行った【生活魔法】の動きを対象に応じて自動でするという超便利な【生活魔法】の一種だよ!
・魔力と材料に意識を向けるだけで発動してくれるよ!『自動設定』した作業が終わる時はポンっと花火をあげて知らせてくれるよ!終わった場合は【終了】の合図をしてあげてね!でないと……(※2,へ行ってね!)
※2,実は、『自動設定』には不便なところがちょ〜っとだけあって、それが『自動設定』故の魔法の永続。とってもたくさんの魔力がある魔女だったら問題ないかもだけど、そうじゃないならちゃんと【終了】すること!じゃないと魔力が延々と減り続けることに……!?