第五話:生活魔法
裏口から出てまず始めにすることは武器の洗浄だ。イアンとずいぶん長い間話したと思っていたが、朝早くから狩りに出たからか日は高いままだ。これなら効果も上がるだろう。
「さあ、消耗した武器たちをがまた力を振るえるように"お手入れ"をしよう。生活魔法『自動設定:武器』」
詠唱と共にどこからともなく現れた泡が武器たちを包み込み、ついていた汚れを溶かしていく。魔法が成功したことを確認し、オレは食糧庫へ行き、扉を開ける。
「今日の昼は……これが良いな」
オレは食糧庫の奥にある大きめの肉塊を手に取り、家のキッチンへと向かう。するとイアンが見当たらない。まあ勇者だし問題ないだろうとオレは一人で勝手に納得した。改めてキッチンに向き直り、呪文を一つ唱える。
「さあ、“料理”を始めよう。人数が増えてるから、いつもより派手にいこうぜ。生活魔法『自動設定:料理+』」
詠唱と共に食器達がガチャガチャと騒ぎだし、用意した肉塊と冷蔵庫から飛び出した食材達がくるくると踊り、食器と寄り添い合う。コンロの火がひとりでについたところまで見て、オレは魔法が正常に作動したことを確認する。
シュンッ!
唐突に背後で発光が起こったと思ったらイアンが現れ、親しげオレに話しかけてきた。
「へぇ、ずいぶんうまく魔法を使うね。誰かに教わったの?」
「母さんが教えてくれたんだ。"最強の魔法"だって」
機嫌が良かったからか、オレはイアンの質問に素直に答えた。
(アイツと一緒に教えてもらった頃が懐かしいな。アイツはなんでも早くしようとしてたから強火で焦がしてばっかだったし、オレはオレで凝ったもん作ろうと必死になってたせいで覚えんのに時間かかったんだよなぁ)
回想に浸るオレの横では、イアンがまだまだ気になるといった様子で前のめりになりつつオレに話しかける。
「"最強の魔法"?君のお母さん、分かってる人だなー。どんな人か教えてよ」
「……長くなるから座って話す。茶を入れ直すから、少し待っていろ」
新しい湯呑みを取り出しイアンの前に置く。先ほどのポットからお茶を入れて、お互い一息をついたところで、オレは母さんについてポツポツと語る。
「……母さんは、優しい人だ。オレたちがどんなに失敗しても丁寧に、失敗した原因と成功の仕方を教えてくれた。危険な遊びをしたら怒りよりも先に心配する気持ちが勝つような人だし……人助けを絶対にするんだ」
だからこそオレもアイツも、強くなるための努力をした。父さんが母さんのそばにいれないようなときも、オレたちで守れるように。
「優しすぎるせいか、騙されることだって何度もある。そういうときは父さんが護ってくれている。きっと、今このときも。オレが今こうして一人暮らしをしているのも、父さんがいつでも母さんを護れるようにするためだ。狩人として家族の生活を保つのはオレが担当して、母さんと父さんが離れているときを減らすためにな」
そこまで話し、ふとイアンの方を見るとイアンはまるでオレを慈しむような目で見つめていた。なんだかむずがゆくなり、オレは思わず顔を背けた。するとイアンがオレに語りかけてくる。
「レネードは、家族思いなんだね」
特に他愛もない言葉を言われただけのはずなのに、オレはなぜか顔が熱くなっているように感じた。
「か、母さんについてはこれくらいだ。そろそろ武器の[洗浄]が終わる。[料理]も大して時間がかからないから……そこで待っていてくれ」
カチャカチャと音を立てて仕上げの準備に入っているキッチンを確認しつつ、オレは逃げるように裏口から[洗浄]の様子を見に行った。