ツバメの1年、鶴の1年
1羽のツバメは恋をしました。
1羽の鶴に恋をしました。
1羽の鶴も恋をしました。
1羽のツバメに恋をしました。
そして2羽は結ばれました。
想いが通じ合った2羽はいつも一緒にいたのです。
鶴よりも早く飛べるツバメが、鶴の速度に合わせ、いつも2羽は並んで飛んでいました。
そうして、大好きな相手が隣にいる幸せを感じていました。
しかし、数年後、2羽の鳥は大きな壁にぶつかってしまいます。
数十年しか生きることのできないツバメの1年の重さと、千年生きる鶴の1年の重さが違うことに気がついてしまったのです。
2羽の鳥は同じ年に生まれました。
しかし今では、ツバメは鶴に比べ、ひどく老けて見えてしまいます。
あんなに速かったツバメの飛ぶスピードも、年々落ちてきました。
今度は、鶴の方がツバメに速度を合わせるようになっていたのです。
その反面、鶴は、鶴の歳ではまだまだ若い鶴でした。
若く、美しい鶴に、多くの雄鶴が求婚してきたのです。
その光景を見て、ツバメは思いました。
「自分が鶴の幸せを奪っているのではないか?」
と。
そして、隣で飛んでいる鶴に言いました。
気丈に言いました。
「俺は、大丈夫だよ。」
ツバメの歳では、お爺さんに区分されるだろうツバメが、しゃがれた声で、言いました。
でも、若い鶴は答えます。
「私は、貴方がいいのです。いえ、貴方でなければいけないのです。」
そう言われ、ツバメは鶴に向けていた顔を背けてしまいます。
鶴はそれを見て、笑いました。
何年も、一緒にいた鶴には、わかっていたのです。
ツバメが涙をこらえていることを。
強がりなツバメは、涙を見せることを嫌うのです。
ツバメは鶴の方を向かないまま、小さな声で、言いました。
「ありがとう。」
それはかろうじて聞こえるほど、小さな音でした。
でも、鶴は笑顔でその言葉を受け止めたのです。
それから2羽は、生まれてしまった、目に見えない歳の差を乗り越え、さらに、愛し続けます。
もっと前に、こんなに愛する前に、大きな差があることに、気づけていたのなら、ツバメと鶴は離れることもできたのかもしれません。
しかし、もう、できないのです。
こんなにも、愛してしまったあとに、離れることなどできません。
たとえ、悲しい思いをするのだと、頭の中で十分に、十分に、わかっていたとしても。
しかし、ツバメは思いました。
鶴をひとり残して、死んで、申し訳ない、と。
老いた自分でも「愛している」と言ってくれる鶴をきっと、悲しませてしまう、と。
そして一方で、鶴もまた思いました。
ツバメがいなくなった世界で、自分は生きていけるのだろうか、と。
そして鶴は心に決めました。
「ツバメが死んだら、自分も死のう」
と。
しかし、それをツバメには伝えませんでした。
ツバメが何と言うか、鶴にはわかっていたからです。
ツバメは、いつも鶴の幸せを祈ってくれます。
だから、きっと
「生きろ」
と言うと、わかっていました。
鶴の幸せは、ツバメと一緒に、いることなのに。
それでもきっと、ツバメは、
「生きろ」
と、言うのです。
だから、鶴は固い決意を心の中にしまい込みました。
そして、それから数年が経ちました。
鶴は、若い鶴のままです。
しかし、ツバメは、目に見えるほどに衰えてしまいました。
翼を動かす動作もゆっくりになってきたのです。
食べ物が、喉を通らない日もあります。
それでも、鶴は、そんなツバメを愛していました。
そんなツバメのそばに、ずっと一緒にいたのです。
そして、今でも、
「一緒に死ぬ」
という思いは変わりませんでした。
しかし、ある時、ツバメは鶴に言いました。
「生きてほしい。」
と。
鶴がツバメのことをよく知っているように、ツバメも鶴が言葉を発さずとも、鶴の考えがわかっていたのです。
だから、鶴の決心も、ツバメは気がついていました。
ツバメは横にいる鶴を見て、思います。
一緒に死んでくれると決意してくれたことは、とても、とても嬉しかった、と。
命をかけてまで、愛してくれて、嬉しかった、と。
けれど、ツバメは言いました。
もう一度、大きな声で、言いました。
「生きてほしい。」
と。
「俺が死んでも、君は生きていて。そして、他の誰かを好きになって。子どもを産んで。幸せな家庭を作って。俺より愛しいものを作って。」
同い年なのに、こんな時ばかり、年老いたツバメが鶴には大人に見えました。
鶴は、そんなツバメを少しだけ、ズルイと思いました。
「そんなこと、できません。貴方がいない世界では、私は生きていけません。」
鶴は、目に涙を溜めて言います。
ツバメは、そんな鶴の姿から、顔を背けたいと思いました。
大好きな鶴の悲しそうな顔など、見たくはありません。
でも、ちゃんと鶴を見つめて、言いました。
「ごめん、わがままで。でも、君には生きてほしいんだ。君のこれからの人生を笑顔で生きてほしいんだ。」
「できません、できません。貴方が隣にいなくては、私は笑えません。」
「・・・俺と君が一緒にいた時間を知っているのは、この世界で、俺と君だけだ。だから、君は生きて。そしてその時間を覚えていて。その時間が君にとって、大切な時間だったなら。」
少し、卑怯かもしれない。
ツバメは、そう思います。
自分は死ぬのに。
悲しみを感じるのは鶴の方なのに。
それでも、鶴の望み通りにさせてあげることができず、生きることを強要するのは。
でも、とツバメは、思いました。
「鶴に嫌われるとことより、鶴が死ぬ方が怖い」
のだと。
鶴が自分よりも大切なものを作るなど、考えたくもありません。
いつだって、鶴はツバメの一番であり、ツバメも鶴の一番だったのですから。
自分以外を愛す鶴など、ツバメは見たくありません。
それが、自分が、死んだあとの世界でも。
でも、それでも、その気持ちを押しこめることができるほど、ツバメは鶴を愛していました。
鶴の笑顔がなによりも、大好きでした。
自分より大切なものを鶴が持つことで、鶴が幸せになるのなら、それでもいいと思いました。
鶴が幸せになれるのなら、それを望むことさえ、ツバメにはできたのです。
「なあ、約束してくれ。君は、生きると。そして幸せになると。」
『できれば、俺を、忘れないでくれ。』
思わず出てきそうになるセリフを、ツバメは、必死で飲み込みます。
本当は、言いたくないけれど、でも、ツバメは、言いました。
涙をこらえて言いました。
「俺を、忘れてもいいから。」
その言葉を聞いた鶴の目から流れる涙は、止まりません。
でも、鶴は、言いました。
涙を流しながら、ツバメの眼を見て、言いました。
「生きろ、と貴方が言うのなら、愛しい貴方が言うのなら、私は必死で生きてみます。でも、でも、貴方を忘れることだけはできません。貴方は、いつもの貴方は、そんなことは望みません。だから、私は、忘れません。忘れろと言っても、忘れられません。何年、一緒に、空を飛んだと思っているんですか?私の中から、貴方を消すことなんてできないんです。」
ツバメは、涙を流しました。
今度は、背を向けず、鶴と一緒に泣きました。
「ごめん、ごめん。」
ツバメは何度も謝ります。
そう言われるたびに、鶴はツバメに答えました。
「大好きです。大好きです。」
と。
2羽は泣き止み、そしてまた大空に飛んで行きました。
ちょうど、海の上を、飛んでいる時です。
ツバメが鶴に、もう一度問いました。
「俺がいなくなっても、君は生きてくれるよね?」
「・・・はい。」
鶴は、そう答えます。
その答えを聞いたツバメは、嬉しそうに笑いました。
そして、いったん止まります。
鶴が不思議に思い、振り返ると、ツバメはもう、翼を動かしていませんでした。
いえ、動かさない、のではありません。
動かせないのです。
そして、黒いツバメは、落ちて行きました。
青い海の中に落ちて行きました。
笑顔のまま、海の中に入っていってしまいます。
そして、鶴はひとりになりました。
この世界で、一番大切なツバメを失くしてしまいました。
鶴の頭に、先ほどの約束は、もうありません。
大好きな、大好きなツバメの所へ行かなければならない、そう思いました。
だから、鶴は、翼を動かすのを止めようとします。
大好きなツバメのもとへ、自分も行こうとしたのです。
しかし、動きを止めたはずの翼は、変わらず動いています。
鶴は、振り返りました。
すると、翼の所に、愛しいツバメがいたのです。
死んだはずのツバメがいたのです。
そして鶴の翼を必死で動かしていたのです。
一瞬、鶴は喜びました。
しかし、よく見てみると、愛しいツバメは透けていました。
鶴は、思わず、笑顔になります。
死んでまでも、鶴の命を守ろうとする、ツバメの姿を見て、鶴は、
『愛されていたんだ』
と、思ったのです。
そして、
『今でも、こんなに愛されているんだ』
そう、思いました。
鶴は、透明なツバメに笑顔を向けると、再び、自分で翼を動かしました。
そして飛んで行きました。
ツバメが願ってくれたように、幸せになろうと、思えたのです。
幸せになって、笑顔になれば、きっとツバメは、笑ってくれる。
鶴はそう思いました。
自分のためでなく、ツバメのために、幸せになろう。
そして、もう一度振り返り、もういなくなったツバメに言いました。
ツバメが好きだった、最高の笑顔で言いました。
「これからも、ずっと、ずっと、愛しています。」
と。
それから、その若い鶴は、800年、生き続けました。
子どもを生み、家庭を持ちました。
子どもたちに囲まれる生活は、とても、幸せでした。
でも、その幸せの中でも、鶴は、ツバメの命日には、ツバメが死んだ海の上を一日中飛ぶことは止めなかったのです。
しかし、悔しいことに、記憶は劣化するもののようです。
鶴の中で、あんなに愛していたツバメの顔や声の記憶が薄れていってしまいました。
もう、鮮明には思い出せません。
しかし、それでも、薄れなかったものがあります。
「ツバメさん。私は、今でも、貴方を愛していますよ。」
ツバメが死んで、800年後。
鶴が息を引き取る時、そう思いました。
「長い間、待たせて、ごめんなさい。今から飛んで行きます。そしたら、また、あの頃と同じように、愛してくれますか?」
心の中で、鶴はツバメに尋ねます。
「もちろんだよ。ずっと、ずっと、愛していたよ。」
ツバメが、そう言うことを、わかっていたけれども。




