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女子会とスパイ・マラケシュ

 夜になった。王宮内の一室に、小さな太陽のような灯りが浮いている。それを頼りに、机に座って本のページをめくっている二人の少女がいる。


「まさか、ここでピーターがそんな決断をするなんて……」

「なんて優しい人なの。私にもこんな貴公子が舞い降りたらいいのに……ああ、作中のセーラと代わってしまいたい……」


 数ページ読むごとに感嘆の声を上げながら本を読んでいるのは、タムタムとシャナである。彼女たちはタムタムが前日に本屋で買ってきた『ピーターとセーラ』を読んでいたのだ。かれこれ数時間ぶっ通しで読んだこともあり、そろそろクライマックスになっている。


「さあ、たぶんこれが最後のページ……うわぁ……」

「あぁぁ……」


 二人はそのページを本が溶けそうなくらいに熱く見つめて、そしてタムタムが代表して本を閉じる。二人ともしばらく言葉が出ない。


「すごかったわね……」

「ええ……特に最後の一文がもう刺さりすぎて……」


 タムタムもシャナも瞳が涙に濡れている。


「ふう、面白かったから、一気に最後まで読んじゃったね……遅くなってしまったわ。もう12時を過ぎてるわね」


 タムタムがちらりと壁の時計を見ながら言う。


「わっ、ほんとですね……たぶん、私が日付が変わるまで起きてたことって生まれて初めてですよ。まあ、全然眠くないですけど。このまま徹夜できそうな気がします」


 シャナは立ち上がって、タムタムのベッドにちょこんと座った。タムタムも続いてベッドに腰掛ける。


「それが面白い小説の魔力なのよ、シャナ。じゃあ、せっかくなんだし、二人で話でもしようよ。いろいろ聞きたいこともあったし」


 タムタムの誘いに、シャナは「いいですねー! 深夜の秘密の話って、なんだかわくわくします!」とか言いつつ、無断でタムタムのベッドに寝っ転がる。


「今日はヤムヤム様のことは気にしなくていいですからね。あの方は、私が『十の道を誤った暴君』の口語訳を貸したら、10ページもいかずに眠ってしまいましたから。たぶん明日の朝まで起きてきません」

「口語訳にも睡眠薬にしかなってないじゃん……」


 とにかく、シャナはそのおかげで夜にこっそり抜け出すことができたのである。


「まあ、やろうと思えばいつでも確認できるんですけど……あらよっと……おっ、ぐっすりですね。しっかり眠ってます」


 タムタムは立ち上がって本を本棚にしまいながら、少し面白がったようにそれに答える。


「はあ、もう例の『遠隔拡大魔法』をマスターしてしまったというわけね? まったく、どこまで要領がいいのよ……」


 そう、もはやシャナは、どこからでもヤムヤムを見張れるようになったわけである。


「というより、この『遠隔拡大魔法』って、万能すぎて逆に怖いですね。その気になれば、なんでも見えてしまうわけですから」

「そうなのよね。今まででも『通信魔法』というのがあって、遠くの音や映像を手に入れることができたんだけど……」

「でも、あれは発信者と受信者がいないと成立しないものですからね。『遠隔拡大魔法』なら発信者なしで遠くの情報が手に入りますから。もちろん視覚だけですけど」


 タムタムは自分の魔法で作っていた照明を操作しながら、再びベッドに座る。


「あれ、それなら、私のプライバシーってかなりやばくない? マラケシュにずっと覗かれてたってこと?」

「そこは大丈夫です。遠隔拡大魔法にも、いわゆる『逆通信魔法』が一部成立するようですから。これは王宮全部に効いてるはずですし、王宮以外の一般的な家でも普通は防犯用に貼ってありますから、マラケシュ様が変態なわけではありません」

「あっ、そうか」


 マラケシュが毎日自分の着替えを覗いているかもしれないと思って絶望しかけていたタムタムは、ほっと息をつく。


「いやいや、もちろん一部成立ですから、例外もあるんですけどね。たとえば、国王陛下と第二王子マルクスの部屋は、なぜか見られるようになってます」

「なるほどね。結局マラケシュのスパイ用だったわけか。ちなみに父上と第二王子は今どうしてるの?」

「陛下は書類仕事をしていますね。第二王子は夜泣き中です」

「ちなみに父上の書類の中身って見えたりする?」

「そこまでは無理です。でもこれは私の精度が悪いだけなので、マラケシュ様は見えてそうですね。たぶん今、国の機密をだいたいマラケシュ様は握ってます」

「やっぱり兄上は変態だったわね。ところで、その調子で隣国の王宮とかも見えたりしないの?」

「それは魔法の性格上難しいはずです。なにしろ、すごい遠距離に仮の目を設定しないといけませんから」

「それもそうか」


 タムタムは自分もベッドに寝転がって布団をかぶりつつ、シャナににじり寄る。


「で、どうなのよ。兄上と別れる直前、何を耳打ちされたの」

「大したことじゃないです。明日マラケシュ様が用事があるみたいで、それに同行してほしいというお誘いです」

「う、うわーっ」


 タムタムはさっと布団を頭までかぶってしまう。


「新しい侍女が入って、私もヤムヤム様に一日中付き添う必要がなくなってきてますから。最先端の魔法について、王立研究所の専門家の話を聞けるみたいですよ」

「うん、それ私も行かせてもらっていい?」

「えっ? まあ、タムタム様ならマラケシュ様も認めるとは思いますけど……」


 シャナはあまり自分の置かれた立場に気づいていない。


(もし兄上が、シャナなんかにうつつを抜かせば大変なことに……)


 シャナよりは国どうしの裏側を知っているタムタムは、少し考え込んでしまう。そして、ちらりと隣を見ると、シャナはいつのまにか寝息を立てている。


「…………」


 タムタムは黙ってシャナを起こす。


「……わっ、少しうとうとしてたかもしれませんね……そろそろ戻らないと……」


 起き上がったシャナに、タムタムはにやりと笑って付け足す。


「私が起こさなかったら朝まで眠ってたわよ。とりあえず眠気を取る魔法をかけてあるから、早く戻ってヤムヤムと一緒に寝ていたふりをしなさい。ちなみにこの魔法は10分で切れるから急いでね」

「ありがとうございます。それにしてもなんですか、眠気を取る魔法って?」

「シャナ、この世の中にはあなたが知らないこともたくさんあるのよ」


 シャナが出ていくのを見送って、タムタムも魔法の照明を消し、目を閉じる。

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