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火災防止協会とマラケシュの謎の魔法

 アッシャー王国の首都タキンは、王国で二番目に高い山であるヒルメス山の頂上にある。このヒルメス山は下の広がった円錐形を最上部だけ切り取ったような形をしており、少なくとも軍事的には、攻めにくく守りやすい完璧な土地である。だが、タキンの大きな弱点は、常に強風が吹いていることにある。つまり、火事が起こればすぐに燃え広がってしまうのである。


「なにしろ、『市立火災防止協会』なんてものがあるくらいですからね……」


 シャナが言う通り、タキン市の歴史は、長年にわたる火事との戦いである。『市立』という名称からもわかるように、国王が言うまでもなく日頃から火事への対応策が練られているのである。


「そう、火事への対応には、日頃の訓練が何よりも重要なのだ。なかなか見事な連携をしておるな」


 ナーランダーが市立火災防止協会のメンバーたちが走り回っているのを見ながら言った。


 火事が起こっているのは町の東部地区である。火災防止協会の何人かが空に飛び上がり、おそらく風魔法を使って延焼を防いでいる。他の数人は水魔法を使って消化しようとしている。火事のある場所の上には煙がもうもうと立ち上っているが、協会員は風魔法や結界魔法を使ってうまく防いでいる。


「それでも、こっちまで煙の臭いが流れてきているけど……」


 ヤムヤムが心配そうに言った。彼らのいる王宮は燃えているエリアからは遠いが、どうやらかなり大きな規模の火事であるようだ。伝令係の人が慌てていたのも無理はない。


「昨日のカフェと本屋は大丈夫かしら……」


 タムタムはちょっとした風魔法を操作して煙を払いつつも、火事から目を離していない。


「うーん……それは大丈夫そうだね。でも、僕の行きつけの服屋が燃えてしまいそうだな……」


 マラケシュが残念そうに付け足す。


「ん、どのあたり、その服屋?」

「ほら、あの果物屋の隣だ」

「何かに隠れているようだけど……」

「む、どうやらタムタムは拡大魔法を直線的に使っているな。ちょっと曲げてみろ」

「また兄上が変な魔法を使ってる……」


 彼らの使っている『拡大』の魔法は、遠くのものを大きく見せるはたらきがある。だが、「拡大魔法を曲げる」とは、いったいどういうことなのだろうか。


「そういえば、ちょうどナーランダー先生がいますね。マラケシュ様が最近よく『拡大魔法を曲げる』と言っているんですが、どうやって拡大魔法を曲げるんですか?」


 後ろでシャナがナーランダーに話しかけた。


「ふーむ、とはいえ、実は拡大魔法のあの使い方が一番得意なのは、現在のところマラケシュなのだよ。うまく言えないが、擬似的な視線の移動を行うことで、本来なら見えないところまで見えるようになっている、というのが概要だろう。ちなみに、曲がった拡大魔法を使うのは、私にも無理だ。あれはマラケシュの特殊能力のようなもので、覚える必要はないよ」


 ナーランダーは服屋周辺の状況が手に取るようにわかっているらしいマラケシュを眺めつつ解説した。だが、シャナはまだ納得がいかない。


「ナーランダー先生でも無理なんですか?」

「いや、私は歴史の学者であって、魔法の達人ではないからね……」


 ナーランダーはマラケシュから目を離さない。


「そうだな、私のような普通の人が拡大魔法を曲げようとすると、頭がくらくらしてきて、最後には気を失ってしまう。そもそも、自分の視界を曲げること自体が高度すぎるんだよ。つまり、マラケシュの力は素晴らしいということだ。さすがはあの陛下の血を受け継いでいるだけある」


 ナーランダーは満足そうにマラケシュを褒めちぎるが、当のマラケシュはそれを聞いているのかいないのか、「よし、うまく火が消えそうだ! これで僕の注文していた服は守られる! ありがとう火災防止協会!」とかなんとか興奮して言っている。そしてくるりとシャナたちへと振り向いた。


「ん、どうしたんだい? シャナ、君も拡大魔法の曲げ方を知りたいのかい?」

「まあ、興味がないというわけではないですが……」

「おっ、いいね。ちょっとこっちに来てみなよ」


 マラケシュは笑顔で手招きする。


「ちょっと、シャナ、あんまり兄上の変態魔法に付き合うのはやめたほうが……」

「いいからいいから」


 タムタムが制止しようとするが、マラケシュは耳を貸さない。シャナも普通にぴょこぴょこ近づいてくる。


「えーと、シャナ、拡大魔法自体は当然使えるんだよな?」

「もちろんです」

「よし、じゃあまずはあの果物屋の前に拡大魔法のピントを合わせて」

「はい」

「それからそこに新たな視点を置いて」

「はい?」

「難しいことではないよ。果物屋の前に実際に立っているイメージで」

「つまり果物屋の前に目だけを瞬間移動させるということですか?」

「飲み込みが速いね。でも、実際に瞬間移動の魔法を使うわけではなくて、あくまで視界の意識をそこに集中させて、ぐいっと曲げるということだね」

「なるほど! では、ぐいっ……うわああああっ!」


 バランスを崩しかけたシャナを、マラケシュが後ろからさっと抱きかかえる。


「落ち着け! 急に視線を曲げると、視界の回転に歯止めが効かなくなるぞ! バランスを取るんだ!」

「バ、バランスですか……えっと、うわっ、おっ……あっ!」

「おっ、うまくいったか?」

「はい、なぜか私を激しく抱擁しているマラケシュ様がよく見えます!」

「いいぞ! 自分を遠くから拡大できるようになれば、『遠隔拡大魔法』は習得したも同然だ!」

「いいから離してください!」


 タムタム、ヤムヤム、ナーランダーは顔を見合わせるしかない。


「また兄上がシャナに謎の魔法を教えている……」

「うーん、でも意外とお似合いなんじゃないですか?」

「ふえっ!?」


 どこか冷めた目つきのタムタムに、ヤムヤムがとんでもないことをぶっ込んでいる。そしてナーランダーは黙って視覚結界を張っている。もちろんマラケシュとシャナが密着しているのを屋上の他の野次馬に見られないようにするためである。

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