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疑惑の幼女と有能な侍女、または『擬態』の正しい使い方

 マラケシュとタムタムは、固い表情で怪しい少女をーーおそらく『擬態』しているのだろうが、十中八九は彼らの妹とわかる小さな女の子を注視した。しかし、その幼女は辺りを見回して首をかしげるばかりで、ちっとも入口から動く様子がない。明らかに場にそぐわない不審な行動を取っている幼女を、店員も気にし始めた。


「…………!」

「…………!」


 猶予はない。マラケシュとタムタムは無言の視線を交わし合い、立ち上がると自然な足取りで幼女に近づいていった。まずはタムタムが声をかける。


「あれ、シャナ、ありがとう。私たちを迎えに来てくれたのね?」

「あれっ、あなた、もしや……ぐふっ!?」


 幼女は何か言おうとしたが、ぼろが出る前に素早くマラケシュが口を塞ぐ。それを確認して、タムタムはいよいよ彼らを怪しみ始めた店員に笑いかけた。


「お騒がせして申し訳ありません。この子は私たちの妹で、今の時間に私たちを迎えに来てくれることになっていたのです。辺りを見回していたのは、なかなか見つけられなかっただけだと思います。決して怪しい者ではありません。ーーこちらは私たちの代金ですーー」


 流暢な言い訳を決めるが早いか、タムタムはさっと彼女とマラケシュのコーヒー代(わずかなチップを追加した)を置き、マラケシュと幼女の後を追って店を出た。そのまま三人は足早に人気のない路地裏まで移動する。マラケシュはそこでやっと幼女の拘束を解いた。


「さて……どこから説明してもらおうか、第二王女ヤムヤム?」


 マラケシュは今日一番の怖い顔をしている。それはマラケシュの横に立っているタムタムの、ここまで完璧だった『擬態』が(人気がないので別にいいのだが)一瞬乱れるくらいの効果はあった。ところが、第二王女ヤムヤムと呼ばれた幼女は、全く動じる様子がない。


「んー? 兄上も姉上もわかってるんじゃないの? これは『疑惑』の魔法っていうんだよ。だから怪しい格好をしているのが正解なんだよ。ちょっと兄上の扱いは乱暴すぎるよー……ぐふっ」


 マラケシュはとりあえず黙ってヤムヤムの頭に拳骨を落とした。


「どうやら何もわかっていないらしいな。この魔法は自分を怪しく見せるための魔法ではない、自分を自然に見せるための魔法だ。そんな奇抜な格好になっては本末転倒なんだよ。あと、『疑惑』とはなんだ、『疑惑』とは。『擬態』だろう。字も読めないくせに魔法が使えるか」

「……とはいえ、魔法名を読み間違えるくせに魔法が使えるとかいう離れ技を敢行できているっていうのがそもそもかなりやばいんだけど……」


 マラケシュが真面目に説教している中、タムタムは妹の意外な才能に驚きを隠せない。『擬態』の使い方はともかく、使う能力はすでにヤムヤムはタムタムを上回っているのではないだろうか。


「さて、しかし、どうするかな……」


 本当はこの後の予定もあったのだが、魔法をまともに使えない幼女が乱入してきたせいで、そちらはキャンセルして王宮に戻るしかないかーーとマラケシュが考えたとき、人気のないはずの路地裏に、ぱたぱたと新しい足音が近づいてきた。


「あっ、よかった、マラケシュ様にタムタム様と合流できたんですね! よかったよかった……」


 躊躇なくマラケシュたちとの距離を詰めてくるのは、ヤムヤムと同じ年頃の幼女である。ただし、その雰囲気は全然違う。


「あれ、シャナじゃないか! ーーどうしてここに?」


 マラケシュの問いに、シャナと呼ばれた幼女はすらすらと答え始めた。


「決まってるじゃありませんか、王宮をこっそり抜け出したヤムヤム様を探しに来たんですよ。なにしろ、ヤムヤム様の机の上に例の魔法書が置いてあったものですから……『子どもでもわかる変装魔法』でしたっけ? ヤムヤム様のことですから、おそらく街中で『擬態』なんかを適当に使って、大変なことになるんじゃないかと思ったわけですーーこれは侍女として放置してはおけないと、慌てて飛び出してきたのですが……」

「うん、危ないところだったわよ。マラケシュが口を塞がなかったら、今ごろは私たちの正体すら暴かれていたかもしれないわ」


 タムタムは侍女のシャナにそう答えつつも、シャナの6歳とは思えない的確な仕事ぶりに感心せざるを得ない。そもそも、シャナはヤムヤムの『遊び相手』として王宮に入ったはずなのである。いつの間に『侍女』にまでランクアップしているのか。


「あのーみなさん、ちょっといいですか?」


 ヤムヤムが奔放な声で三人に問いかけた。


「つまり、私は自然な格好に『擬態』すればいいわけでしょう? だったらこうすれば……」


 ヤムヤムの姿かたちが何やらぐにゃぐにゃと変わり始めた。だが、それが落ち着いたとき、マラケシュは苦笑しつつもこう言うよりなかった。


「えーっと、シャナ、君って双子だったっけ?」

「……ぷっ、マラケシュ様、なかなかユーモアのセンスがありますね……!」


 こともあろうに、ヤムヤムの顔は完全にシャナと一緒になってしまったのである。


「まったく、ヤムヤムは『子どもでもわかる変装魔法』の127ページをちゃんと読まなかったみたいね……『擬態』をどれだけうまくやれるかは、どれだけ『自然な人の顔』を想像できるかにかかっているのよ。実のところ、そこが『擬態』をあまり小さいうちに使ってはいけない理由なのかもね……」


 タムタムはそんなことを言いつつも、なぜか自分の(すでに『擬態』した)顔をマラケシュの(本物の)顔に変えたので、慌てて『擬態』を調整し直そうとしていたヤムヤムは混乱し、いろいろぐにゃぐにゃした挙句、元の素の顔に戻ってしまった。残りの三人がそれを見て爆笑したことは言うまでもない。

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