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【魔界の第七皇子は、平穏に暮らしたい!】〜気になるあのひとは、魔族殲滅を望む復讐者でした〜  作者: 柚月 なぎ
第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。
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1-8 魔都


 魔窟から少年を連れ出す際、魔族側はかなり手を焼いた。それは、少年がすでに"ひと"ではなく"鬼"となっていたからでもある。


 鬼とはこの世に強い未練を残して死んだ者であり、少年は自分でも気付かぬうちにひとではなくなっていたのだ。


 少年は目の前の者たちを"敵"と見なし、自分に近付こうとする者に対して刃を向けた。


 無理もないだろう。この数年間、生きるか死ぬかという地獄の中で戦い続けてきたのだ。殺気を少しでも感じれば、息をするように目の前の敵を殺すのが、当たり前になっていた。


 しかしながら、妖魔よりも格上であり王の兵でもある魔族たちは、なんとか少年を取り押さえることに成功する。さすがの少年も、数の暴力には敵わなかったようだ。


 やれやれと大王は、不甲斐ない魔族たちの姿に肩を竦める。


「私はもう行く。後は任せたぞ。言っておくが、報復は認めないぞ。そんな恥知らずは、私の兵にはいないはずだからな」


 大怪我をさせられた者たちにさえ、少年への報復を認めないと王が命じたことで、魔族たちは従わざるを得なくなる。


「······ふざけるな!俺は元いた場所に帰るためだけに生き残ったんだ!お前ら魔族の仲間になるためじゃない!」


「鬼になってまで生き残ったのに、残念だな。だが高い地位を与えられれば、自由に人界を行き来することも可能になる。良かったな、人間は希望というものが生きる糧になるのだろう?」


 何が希望だ、と少年は唇を噛み締める。ひとではなくなった自分を、一体誰が受け入れてくれるというのか。少し考えればわかることだった。


 鬼となった今、自分には帰る場所などどこにもないのだ。


「鬼は魔族に劣るが、力を付けた鬼はそれに匹敵するらしいぞ。さらに強くなれば、ひとの皮も上手く作れるようになると聞く」


 両腕を拘束している魔族たちが、少年に声をかける。彼らは見目も美しく、まるで人間の青年のようだった。

 

 妖魔や魔物たちとは違い、理性もあるため知的。少年にかける言葉も、どこか気遣いがみられた。


「皇子の護衛となれば、お前を卑下する者など誰もいなくなる。その機会を大王様は与えたのだ。寧ろ、光栄に思うんだな。今回与えられた武官の地位も、本来なら魔族でも限られた者たちに与えられるもので、ましてや鬼になど与えられない」


「まずは身なりを整えろとの命令だ。一日身体を休めた後、明日に備えろ。明日、宮殿内の闘技場にて、生まれたばかりの第七皇子の護衛を決める、選抜試合が開かれる。集められた者たちは、魔族の中でもかなりの実力者たちらしい」


 魔族たちは連行しながら口々に聞いてもいないことを話してくる。この者たちはそこには選ばれていないのだろう。


 大王の兵ということだが、身なりからして武官。先に大王と共に出て行ったのが、護衛官たちだろう。その部下が、彼らなのだ。


「第七皇子は魔王候補の第三位として、生まれた時からその地位も約束されている。そんなお方の護衛官になれば、一生安泰と言えるだろう」


「····魔王候補?」


「赤い瞳の皇子は、次期魔王候補となるのだ」


 少年は彼らが自分に何かする危険がないことを知ると、大人しく魔族たちに連れられ歩いていた。


 数年過ごしたあの魔窟はどんどん遠ざかり、外に出ると崖が見えてくる。魔族たちは少年を連れたまま、崖の上の方へと飛んだ。


 妖魔が歪な翼で飛ぶのとは違い、そんなものはなくても安定して宙に浮き上がった。まるで仙人のようだと少年は思わず驚く。


 魔族という存在をよく知らない少年は、妖魔と魔物たちの印象だけで彼らを括っていたが、改めないといけないと思った。


 崖の先に広がっているのは、草ひとつ生えていない岩だらけの枯れた地で、その先に都のような景色が広がっていた。


 薄暗いのは相変わらずで、頭上の雷鳴が時折弾けるように閃光を生む。


「あれが魔都だ。あそこの一番広く大きな建物が、王宮。これから向かう場所だ」


 指差した先に見える、都の中でも一番立派な建物が並ぶ場所。王宮。


「お前、名は何という?まさかこの数年で忘れたなんて言うなよ、」


 少年は馴れ馴れしく話しかけてくる魔族たちに対して、少しだけだが心を開き始めていた。


 誰と言葉を交わすわけでもなく、気が狂いそうになることもあった。生きることに執着していたはずの想いが絶望に変わっても、今更どうにもならないと思い知る。


 それでも、殺し続けた。

 最後の一体を殺した時、その虚しさに、僅かに残っていた光さえ、完全に消え去ってしまった。


 丁度その時に見計らったかのように現れた、大王たち。最初は本能で敵と認識し、近寄る者には獣の如く抵抗した。


 けれども今はどうだろう。この短時間で魔族たちは、自分たちをボコボコにした少年をなじるどころか、気さくに話しかけてくるのだ。


 自分がされた仕打ちは一生赦すことはない。しかし憎しみだけで生きていくには、少年には足りなかった。他になにか生きる理由が欲しい。


 戦って、勝ち抜いて、その先にある地位とやらを手に入れたら、この胸の中の空洞を埋められるのだろうか。


「······碧雲ビーユン、」


碧雲ビーユンか。良い名だな。お前がもし勝ち抜いて護衛官になったら、自慢させてくれよ」


 魔族というのは、もっと残酷で人間を見下しているような、そんな奴らばかりなのだと思っていた。


 現に、その手下である妖魔たちは人間を虐げる行為を行っている。仕える魔族次第で、その手下たちの行動も変わるという事だろうか。


 碧雲ビーユンは魔族たちに連れられた先、魔都の宮殿内の建物のひとつ、大王が私有する武官たちの宮に降り立った。


 ちなみに、皇子たちの宮殿ごとに同じように設けられており、大王の宮は一番広く、どれも豪華な宮となっていた。


 宮には湯殿が付いており、そこで湯浴みをし、身体の汚れを落した。次に王直属の武官が纏う衣を与えられ、動きやすく上等な生地に袖を通す。


 ここに連れて来た魔族の武官たちと同じ、紫色の衣だった。


 宮の中も外も綺麗に整えられており、本当にここが魔界かどうか疑いたくなるほどだった。都で数年過ごした記憶が蘇る。


 あの頃は邸に使用人もいて、衣を纏うことすら手伝ってもらっていた気がする。


「見違えたな。なかなか似合ってるぞ」


 魔族の青年が歪んでいた合わせを直してくれて、これでよし、と頷いた。髪の毛も頭の上できっちりと結い上げていたので、そのせいもあるのだろう。


「目付きは変わってないけどな」


 はは、と笑って肩を竦める。後で聞いた話だが、彼らは大王の直属の武官であることから、魔界の中でも上級貴族という、家柄も育ちも良い者たちらしい。つまりは、魔族の中でも"良い家のお坊ちゃん"たちなのだ。


 部屋を案内され彼らが出て行った後、碧雲ビーユンは寝台に倒れるように身体を預けた。


 こんな風に何にも怯えることなく、静かに眠れる日などなかった。だが、明日は再び戦に身を投じることになる。


(これからどうなるのか······強くなれば、ひとの皮を作れる?けど今更、ひとの世に戻れるわけがないだろう)


 もはやひとではない、自分。見た目は、ここに連れて来られた時よりはずっと成長している。背も伸び、声も変わった。しかし結局、鬼となった自分には居場所などないのだ。


 碧雲ビーユンは瞼を閉じ、これからの事を考える。もし仮に勝ち抜いて、皇子の護衛官になれば、その皇子の気分次第で、人間を殺すことになるのだろうか?


 そんなのは御免だ。だがこのまま大王の武官になったところで、同じことだ。


 第七皇子は生まれたばかりだという。周りの環境次第で、その性格も考え方も変わるだろう。そこに関わることができたら、また違う道もあるはずだ。



 そんなことを考えている内に、碧雲ビーユンは数年ぶりの、何者にも邪魔されない、穏やかで深い眠りにつくのだった。




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