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【魔界の第七皇子は、平穏に暮らしたい!】〜気になるあのひとは、魔族殲滅を望む復讐者でした〜  作者: 柚月 なぎ
第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。
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1-3 黒を纏う道士、その名は――――。


 この邸の主の名は、趙螢ヂャオイン。代々続く商売を親から引き継ぎ、今は当主として商いを仕切っている。


 年下の若い妻、ホア夫人との間に生まれたひとり息子の慶螢チンインを、幼い頃から、商いを継がせるために厳しくも大切に育ててきたそうだ。


 おかげで、十八歳となった慶螢チンインは立派な青年に成長し、その人柄も評判が良かった。趙螢ヂャオインもまた、悪い噂をされるような商売などしたことはなく、この界隈でも実直と有名な人物であった。


 だが人の恨みとは理不尽なもので、ちょっとしたことが、後に大きなものへと発展する。商売をしているなら、なおの事だろう。


 藍玉(ランユー)碧雲ビーユン翠雪ツェイシュエの後ろにそれぞれ立ち、空いた席には趙螢ヂャオインと、二十代後半くらいの凛々しく整った容姿の道士が座った。


 冷淡なその表情が変わることはなく、道士というより"怖いお兄さん"という言葉が似合いそうだ。


 切れ長な目はそれをさらに際立たせ、背が高く細身に見えるが、しっかりとした骨格をしているのがわかる。


 そして彼からは、なにか刺々しく神経質そうな、話しかけづらい雰囲気が感じられた。


 目の前の道士は、腰までの長い黒髪を頭の天辺で白い紐で括って背中に垂らしており、裾の長い白い道袍の上に黒い衣を纏っていた。


(彼みたいな冷淡そうな者が黒を纏うと、まるでどこかの大王様のようだな、)


 門派は数あれど、黒を纏う者は少ないだろう。黒は玄武の色ということもあり水を表すが、人の世ではあまり好まれない色でもあったからだ。


 つい先日まで藍玉(ランユ―)のいたある場所では、王とそれに近い地位の者だけが、その色を纏うことを許されていた。


「この方は、白暁狼バイシャオラン殿。元、清君チンジュン山の道士様とのことです」


 元?と三人は首を傾げる。


 清君チンジュン山といえば、数多ある門派の中でも、三大門派と呼ばれる特に名のある門派のひとつである。


 そんな有名な門派からわざわざ離れるのは、独自に門派を作る者か、もしくは破門された者くらいだろう。


(うーん。なんとなく、後者のような気が····)


 ガラの悪そうな目の前の道士の印象から、藍玉(ランユ―)は苦笑を浮かべる。ふたりも同じ考えのようだ。となると、彼の目的が気になる。金か、名声か。それとも別のなにか。祈祷師と示し合わせた、自作自演という事もあり得る。


「そういえば、仙人様とお弟子さんたちの名前を聞いてませんでしたね」


 捜していた仙人に、予想以上に早く会えたということで、通常の思考ではなかった趙螢ヂャオインは、今更ながら名前も聞いていなかったことに気付く。


「私は翠雪ツェイシュエ、こっちが碧雲ビーユンで、それから、」


「僕は紅玉ホンユーっていいます」


 え?と翠雪ツェイシュエ碧雲ビーユンは、藍玉(ランユー)の方を振り向く。本人は悪びれる様子もなく、平然とした顔で偽りの名を告げる。


(まあ、確かに······紅藍玉ホンランユーなんて名乗ったら、色々と後で面倒なことになりかねないかも。さすが、そういうところは抜かりないというか、)


 翠雪ツェイシュエは平静さを取り戻して正面を向くと、なぜか黒衣の道士、白暁狼バイシャオランと眼が合った。彼の表情はずっと同じなので、正直、なにを考えているのかわからない。


「······仙人、か。そいつは、本当に仙人なのか?」


 仙人、といえば道士の最終目標のようなもの。確かに目の前の者は、その雰囲気がないわけではない。だがどこか歪な気もして、暁狼シャオランには心の底から肯定することができなかった。


「あなたの言う、仙人の定義とはなんです?空が飛べるとか、仙術を使って妖魔を倒すとか?まあ、間違いではないでしょうが、そもそもは人間だった者であり、同じ道教の修業を経たという意味では、道士も仙の端くれといっても良いかもしれませんね。私はあなたの何倍も長く生きていますから、あなたがどんなに無礼であっても、気に留めることはありませんので、どうぞ疑ってもらって結構ですよ」


 ぺらぺらと適当なことをそれっぽく言って、翠雪ツェイシュエはにこやかに笑みを浮かべた。


 彼も元々は名のある道士であり、言った通り目の前の者の何倍も長くこの世に留まっている。不老な上に法力も使えるし、ある意味仙人といっても過言ではないだろう。


「まあ、本物かどうかはいずれわかる。ここの息子の病の原因を探るのは、俺ひとりで十分だ。あんたらは手出し無用。邪魔をするならこちらにも考えがある」


 暁狼シャオランは淡々とそんなことを言い、その態度は褒められたものではない。そもそも、一緒に探るとも言っていないのだが、始まる前にその道は閉ざされようとしていた。


 だがしかし、その閉ざされかけた道をこじ開けんとする者が、早々に現れる。


「じゃあこうしよう」


 藍玉(ランユー)もとい紅玉ホンユーは、今のその場にそぐわない明るい声で弾むように提案する。


バイ先輩、僕と一緒に行動しよう。僕は、あなたがどういう目的でここにいるのか気になる。ただの親切心なのか、それとも他に理由があるのか。あなたは、僕たちが怪しいと思っているでしょ?それなら、別々に行動するよりも、お互いに監視し合った方が良いと思わない?」


 暁狼シャオランは師であろう翠雪ツェイシュエを差し置いて、そんなことを提案してきた紅玉ホンユーに違和感を覚えつつも、言っていることは正論であるため、肯定せざるを得なくなる。


 紅色を纏う自分よりずっと若いだろう青年。紅はふたつの意味を持つ。ひとつは幸運、もうひとつは別れや死。炎のように艶やかであり、血のように冷たい色。


 そんな色を纏う紅玉ホンユーという名の青年の真意が、暁狼シャオランには上手く読み取れなかった。


「······勝手にしろ、」


「ふふ。じゃあよろしくねっ」


 対照的なふたり。まるで光と闇。


 一見、効率の良さそうな提案に対して、翠雪ツェイシュエ碧雲ビーユンは、表は涼しい顔を装っていたが、内心気が気ではなく、自分たちの主が本当に何を考えているのか、知りたいとも思わなかった。


 相手は道士であるが、有名な門派を破門されただろう男。そんな危険極まりない存在と、自分たちの主が一緒に行動するなど、心臓がいくつあっても足りない。


 そんな心配をよそに、紅玉ホンユーは片目を閉じて、「僕に任せて!」と合図を送ってくる。ふたりは「違う、そうじゃない!」と心の中で叫びたかったが、あの主が気付くわけもなく······。



 かくしてふたりを残し、紅玉ホンユーたちは病で寝たきりになっている趙螢ヂャオインの息子、慶螢チンインの許へと案内されるのだった。




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