不穏
私は一人部屋で考える。
方針は決まった。
魔族と和平を結ぶ。
これしかない。
ただ方法はまだわからない。
「ロンダは言ってくれました。『信頼しているのはお前ぐらい』だと」
少なくとも自分は信頼されている。
ならば、相談してみるしかない。
今日は赤い月の夜、どちらにしろ魔族の子供の件を伝えなければならない。
「時間はかかるかもしれませんね」
慌てても仕方ないだろう。
それよりも、今日は、あの日だ。
私はカレンダーを見た。
「ジュリアの誕生日に間に合ってよかった」
私は出来上がった服を抱きかかえる。
「喜んでくれるといいのですが」
ジュリアが喜んでくれる顔を思い浮かべながら、私は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
私は完成したジュリアの服を持って、ジュリアを探していた。
ジュリアは王の間にいた。
「ジュリア、ようやく見つけましたわ」
「カーナ……様」
「これは、お詫びの品で……どうしましたか?」
私はジュリアに渡そうとする手をとめる。
王の間には、お父様もいた。
まるで賊でも入り込んでいるような、不穏な雰囲気だ。
「最近、情報が魔族側にわたっている。どうやら城の者で、魔族に情報を渡しているものがいるらしい」
心臓が跳ねるのを感じた。
私は、さも今知ったといった感じで、慌ててみせる。
「それは大変ですわ。すぐに犯人を調べませんと」
私は素知らぬふりして、そんなことを言う。
「ただ犯人はわかっておる」
「それは誰ですか?」
お父様は、私の顔をじっと見つめた。
「カーナ、お前だ」
「な、何を根拠にお父様そんなことを……」
「アンサが魔族に襲われたそうだ」
「それがなにか、勇者なのですから、魔族と戦うのは当然でしょう」
話し方からして、死んではいないようだ。
「ただ魔族が、アンサを勇者と知っているのは変であろう」
「それは、皆の前で……」
いえ、違った。
あの時、王の間には、国民はいなかった。
「あの場に誰がいた?」
「お父様と、私と、ジュリア……だけ」
「他の者に、アンサが勇者になったと伝えていない」
「ならば、怪しいのはジュリアも同じでは?」
「あの場をセッティングしたのは、ジュリアだ」
「そんな……」
私はジュリアを見る。
ジュリアは憎しみに満ちた目で私を見ていた。
「カーナ様が持っているその鉱石ですが、魔族領にしかないものではありませんか?」
ジュリアは、私の鎖を通して、首からぶら下げている指輪を見る。
「これは、街中で気に入って買っただけです」
「2回目の夜、出かけられてからですよね。どこで買ったか教えてもらえないでしょうか」
「それは……」
私は、言いよどんでしまう。
ジュリアは激昂した。
「カーナ様は、孤児院で魔族との和平を目指すといっていらっしゃいました。そんなこと許されるはずありません。私の両親は魔族に殺されたのに!」
「本当にそうなのかを私は調べています」
魔族に襲われた女の人が、産んだ子供に角は生えていなかった。
これは襲った人間は、十中八九普通の人間であることを意味する。
「カーナ。王族として、魔族の肩を持つなど許されることではない」
「そもそも、お父様が勝手に私を勇者と結婚させるなどと言うから」
「何が不満だというのだ。勇者は国を救う英雄だぞ!」
お父様が見たことない顔で怒りをあらわにする。
「なにが英雄ですか。本当に魔族が悪いことをしたかもわからぬまま倒すなど、どちらが悪いというのですか」
私は必死で訴えかける。
英雄というのも疑わしい。
ロンダは先代魔王は勇者にだまし討ちされたと言っていた。
本当の英雄なら、そんな姑息な手を使ったりしないだろう。
私が次の言葉を言おうとしたところで、お父様は近づいてきて。
「もういい。お前には失望した」
バシッ!
お父様は、思いっきり私の頬を打ち付けました。
私は、パサリとジュリアの服を落とす。
「カーナを捕らえろ」
お父様は無慈悲に指示を出す。
「あなたは……」
控えていたのは、勇者アンサだった。
私はあっさり、捕えられた。
頑張って作った服は、踏みにじられていた……。
◇ ◇ ◇
私は牢屋の窓から、真ん丸になっている赤い月を見上げる。
手にはロープが結び付けてあった。
「まあ、妥当ですね」
勇者の情報を魔族に流していたのは事実。
危険が及ぶこともあるだろうとは覚悟していた。
でも、お父様はちゃんと話を聞いてくれなかった……。
「お父様にとって私なんて……」
ただの勇者の褒美としての価値しかない娘。
ただの魔王を倒すためだけの道具。
悲しくて心が空っぽになっていくよう。
「明日は、断首台の上で処刑ということでしたね」
随分と決断が早い。
「だいっ嫌いです。お父様なんて……」
もはや、私を早く殺したくて殺したくて仕方がないようだ。
私はとめどなく溢れてくる涙をぬぐう。
「でもまだ生きていますね」
諦めるにはまだ早いだろう。
最後まであがけるだけあがいてみよう。
看守は一人だけ。鎧などは着ていない。
非力な王女など、それで十分だと思っているのだろう。
「ああ、腕が痛い。痛くてたまらないわ」
私はわざとらしく大きな声で言った。
看守の男が振り向く。
「ちょっとそこのあなた、少し緩めてくださらない?」
男は、近づいてきた。
腰には牢屋の鍵をつけているのが見えた。
「ああ? たくよ」
牢屋に入れられていて逃げ出せないからかあっさり緩めてくれた。
「大体なんで王女様が牢屋に入れられてんだ?」
「あなた理由を聞いていないのですか?」
「どうせ明日には処刑するから、他の者には、内密にしておけと」
(なるべく私に接触させないようにしている?)
なにか不自然だった。
まるで、なるべく私と話をする者を少なくしようとしているような?
(それよりも、どうにかして鍵をとらないと)
ロンダの言葉を思い出す。
(私は不貞を働きたくなるほど、美人)
勇者の褒美になるほど。
私は、絶世の美女。
私は、わざとらしくしなをつくってみせる。
「やはり明日私は処刑なのですね。男も知らずに死ぬなんて……」
わざとらしく男を煽ってみせる。
「俺が教えてやろうか?」
男が下卑た笑いを浮かべた。
「嫌ですわ。あなたなんかでは」
今度は逆に拒絶してみせる。
「なんだと」
乗り気にだけさせて、距離をとります。
「さ、叫びますわよ」
「聞こえるものか。ここは城から離れている」
つまり、周りに人はいないということ。
「それに、どうせ、明日には処刑だろう。なにしても問題にはならないだろうよ」
男は邪悪な笑みを浮かべた。
牢屋の鍵を開け、中に入ってくる。
「い、いや」
私はわざとらしく、後ずさる。
私に早く襲い掛かりたいのか、扉を閉めずに近づいてくる。
ただ、男が大きく、そう簡単には、扉にちかづけそうにない。
男は乱暴に手を掴むと私を押し倒した。
「抵抗するな」
私の腕を片手で押さえ込み、服を脱がそうとする。
(今です!)
私は、腕を思いっきり上にあげた。
ぐんと男が上に引っ張られたところで、男の股間に渾身の膝蹴りを入れた。
「ぐおっ」
男がうめき声をあげる。
私が隙をついて、立ち上がり、足早に牢を出て行こうとすると。
ドン!
突き飛ばされた。
私は牢屋の床を転がりる。
「やってくれたな」
男の目が怒りに震えていた。
「あっ」
男が拳を振り上げるのが見えた。
(ダメかもしれない)
諦めかけた時。
ズシャ。
男の首がずれ、赤い液体をまき散らす間欠泉になった。
男の頭はボールのように転がり、体が倒れると牢屋の床が、真っ赤に染まっていく。
倒れた男の影から、別の男が現れる。
男は、オーロラの瞳を持ち、頭から曲がりくねった角が生えていた。
「ロ、ロンダ、どうして、ここに」
「約束の時間になっても来ないから、どうせ牢にでも入れられたのだろうと思ってな。それにしても、その恰好は……」
ロンダは、私の恰好を見下ろした。
「まさかリークしていたのが、この国の王女だったとは」
私は捕まった時のままドレスを着ていた。
普通の使用人が着られるような服ではない。
「なぜ、王女が魔族に情報を渡していたのだ?」
ロンダは訝しい瞳を向けた。
「それは……勇者と結婚したくなくて」
「はっ? 結婚したくない?」
「そうです。私は勇者と結婚したくありませんでした。だから、魔王に勇者を殺してもらおうと思って魔族にリークしたのです」
「クックック、アッッハッハ」
ロンダは突然笑い出した。
「まさかそんな理由でリークしていたのか」
「そんな理由ではありません。一生を共にする殿方ですよ。なぜ魔王を倒したからといって私が結婚しなければいけないのですか」
「王族の地位もなくなるかもしれないというのにか」
「そんなことより、好きな方と結婚できる方が大切です」
「国より自分の恋心をとるというのか」
「もちろんです」
「そうか。お前は好きになれば、国より男を取るというのだな」
「はい!」
「気に入った。カーナよ。俺の女になれ」
「えっ?」
今度は私が驚く番だった。
「あなたと結婚しろということですか」
「そういうことだ。お前は自分の国より、好きな男をとるというのだろう。俺では不服か?」
そう聞かれるとどうなのか。
二度も命を助けてもらった。
ですが……。
「私は、本当は王子と結婚したくて……」
ロンダは、ニヤリと笑った。
「ならば、ちょうどいいだろう」
「ちょうどいい?」
「俺の父親は、お前たちの言うところの魔王。つまり、俺は王子ということだ」
「ロンダが、魔王の息子? スパイだったのでは?」
「スパイだが王子だ」
「あなた、人のこと言えませんよね」
ロンダもロンダで滅茶苦茶。
普通、王子自ら、敵国のど真ん中までスパイに来たりしないだろう。
「それで、そうするんだ。断るなら断ってもいいぞ。いやいや妻になられても困るからな」
「それは……」
遠くから、悲鳴が聞こえてきた。
「む。侵入するとき、死体がみつかったのかもしれないな」
どうやら、侵入するのにかなり無理してくれたようだ。
「回答は急がない。今は逃げるとしよう」
「そうですわね」
「走れるか?」
ロンダが手を差し伸べてくる。
ロンダの逞しい手を見ていると、
束縛されていた気持ちが、自由を取り戻していく。
「はい!」
もうこれは答えだった。
あなたとどこまでも行きたい。
そんな気持ちが、胸いっぱいに溢れていた。
私は、ロンダの手を取り、頷き合うと駆けだした。