魔族
青い月の夜、いつものようにロンダと密会していた。
「……ということなのですの」
私は新しい勇者が追加されたことを、ロンダに報告した。
年増の勇者は、かつて剣聖と言われた男だった。
魔法は使えず、剣一本で成り上がったもの。
随分父も信頼しているようだ。
「すみません。次の行動までは、調べることができませんでした」
「動きが早いな。せっかく一人勇者を倒したというのに」
賢者上がりの勇者をすでに打ち倒していたとのこと。
「そうなのですか?」
寝耳に水だ。
城に勇者の訃報は届いていない。
「情報屋としてまだまだだな」
ロンダに鼻で笑われ、私は歯噛みする。
情報は城に集まってくる分しかない。
「開業したばかりだったな。情報はこちらでも精査することにしよう。だが、他の客で失敗するなよ。殺されるぞ」
「心得ておきます」
客はロンダだけ。
だが間違った情報を伝えれば、ロンダや魔王を危ない目に合わせる。
それは、私の目標から遠ざかることを意味する。
気を付けなければいけない。
「今日の報酬だが……」
ロンダは自分の指にはめていた指輪を外して渡そうとする。
「いえ、報酬はいらないので、あなたの戦い方を教えていただけないでしょうか」
「うむ?」
「この間悪漢に襲われましたので、護衛術を学びたいのですが、教わる人がいなくて」
「護身術か。そうだな。まずは縄抜けから教えるか」
「ああ、捕まる前提なのですね」
「何もしなければ、未来は今より辛く苦しいものになるだろう」
「それはわかります」
ただ城でいつも通り過ごしていれば、勇者と結婚する未来が訪れる。
それは私にとっての地獄。
耐えることなどできない。
「行動を起こせば、今より状況はさらに悪くなるかもしれない。ただ悪い状況を想定しておけば、後悔することはない」
「後悔はしたくありません」
この間は悪漢たちに襲われました。
この間は、たまたま助かりましたが、次は傍にロンダはいないでしょう。
それでも私は、魔王にリークを続けています。
自分の望む未来を手に入れるために。
「よし、では縄抜けを教える。縄抜けとは、しっかり結ばれてしまえば正直厳しい。両手を絞められそうになったら、ひねってできるだけ力をいれて、ゆるみができるようにしておかねばならない。お前は女だからな。本当にきつく結ばれたときは、色目を使って、結びなおさせるといい」
「なるほど」
「あと、お前は美人だから、捕まえれば男は必ず不貞を働くだろう」
さりげなく美人と言われたことと、不貞という嫌な言葉に、気持ちが落ち着かなくなる。
「男は、押し倒し片手でお前の手を押さえつけて、もう片方の手で服を脱がそうとしてくるだろうから、思いっきり腕を上にあげるといい」
「上にですか?」
「そうすれば、膝がちょうど急所に当たるようになるから、使い物にならなくなるぐらい本気でけり上げるといい」
両腕の力なら、男の片腕の力に勝てるかもしれない。
「わかりましたわ」
何がとは言わないが、叩き潰すつもりで蹴るといいのだろう。
「ナイフは、一朝一夕ではみにつかんからな。まずは、毎日クッションに拳を突き出す練習でもすればいいだろう」
それなら毎日ひたすらやっている。
お気に入りの猫のぬいぐるみは自分で何度も縫っているので、ゾンビのようになっている。
今後は、足技もかける練習する必要があるので、もっと丈夫な布で補強する必要がある。
「骨を避けて、刺すなど細かいテクニックはあるが、何より大事なのは、相手を必ず殺すという強い意志が大切だ」
強い意志。
それならば確かにこの胸の奥にある。
勇者と結婚なんてしたくない。
その意志だけで、今私は、魔族のロンダと話をしている。
「本当は私にも魔法の才能があればいいのですが」
「ないものはない。俺も魔法の才能がなく、この暗殺術一つで成り上がった身だ」
私は首をかしげる。
「魔族なのにですか?」
「魔族とは、お前たちが勝手にそう呼んでいるだけで俺たちは人間だ」
「では、その角は?」
「ただの遺伝だ。髪の毛が硬い場所がある。その程度の認識だ。多分優勢遺伝なのだろう。俺の国のほとんどの者が角が生えているが、生えていない者もわずかにいる」
黒く曲がりくねった角を触ってみせます。
「忌み嫌われている理由も知っている。昔はこの角の所為で、母親の腹を突き破り生まれてきた子供も少なからずいたらしい」
私は無意識に自分のお腹をさすっていた。
「それでよく、子供をつくりますね……」
「今は音波魔法による胎内透視術と回復魔法が発達し、母体に危険があれば、早めに切開出産を行っているから、俺は一度も死亡例など聞いたことがない。俺の国ではな」
俺の国では……とても意味深な言葉だった。
「勇者が俺たちの国土を荒らし、ならず者が増え、お前たちの国を襲う。同じ種族なのだから、当然ならず者は襲った女を孕ますこともあるだろう。随分、俺の国の者がお前の国の者に悪事を働いたとも聞いた。腹を突き破って生まれた子供の話はきいたことあるだろう」
「いえ、聞いたことはありません」
「む? 変だな。15年ほど前も、魔族に襲われた村が多数あったと聞いたが……こちらの国では切開出産は発展していないだろう」
「孕んでしまえば、産むしかありません」
「次回までに、調べておいてくれないか?」
「わかりましたわ。そうですね。なにか誤解があるのだとすれば、和解もできるかもしれませんね」
そうなれば、勇者は魔王を倒すこともなくなり、私が勇者と結婚しなければいけない理由は無くなる。
「ただ我らの王は、お前の国と和解するのは、諦めている」
「どうしてでしょうか?」
「俺の国の先代国王は、勇者に和平したいと話を持ち掛けられ、だまし討ちされた」
「だまし討ち……」
「到底もうお前の国の言葉を信じられはしないだろう。俺もこの国の人間で信頼しているのはお前ぐらいだ」
「私は、できれば皆、魔族とも仲良くしてほしいと思います」
ロンダと話してわかる。
敵国の者。
それは間違いないが、悪い人間かと言われれば。
そう人間。
普通の人間と変わらない。
「そうか。だが一介の情報屋程度で国は変わらないだろう」
「……そうですね」
一介の情報屋程度では……。
だけど、私は王女。
王女といえど、何もしなければ、何も変わらない。
私に何ができるのだろうか