指輪
赤い月が空に煌々と輝き、ホワイトウルフの遠吠えが聞こえてくる。
「ああ、やっぱり外はいいですわ」
二回目ともなると慣れたもの。
もう特に怖くはない。
ただ城を出る直前、ジュリアにいろいろ言われてしまった。
「ジュリアには、何か今度お土産でも買ってあげましょう」
そのうち心労でたおれてしまうかもしれない。
「さて確かこっちでしたね」
私は前と同じルートで、待ち合わせ場所に向かう。
物覚えはいい方なので、間違うことはありません。
通路に、柄が悪そうな男たちが三人たむろしていました。
物覚えはいいとはいえ、一度しか来たことがないので、他の道を知らない。
しかたなしに、私が、男たちを避けて通ろうとすると、
ドンッ!
なぜかぶつかってしまった。
「痛っ」
どうしてぶつかったのかよくわからないまま、通り過ぎようとすると、
「おいおい姉ちゃん。ぶつかっといて詫びもなしか」
男達は道を塞いでくる。
「どうみても、ぶつかってきたのはそちらですわよ」
「言いがかりかぁ!」
声を荒げて、威嚇してくる。
逃げようとすると、腕を掴まれる。
声をあげようとすると、口を押えられてしまった。
「よく見れば、上玉じゃねぇか」
値踏みをするように、私の顔を見る。
背筋にスライムが入り込んだような悪寒が駆け抜けた。
「この顔どこかで、ぐえ」
悪漢は突然、つぶれたカエルのような声を出した。
「俺のビジネスパートナーに手を出すとはいい度胸だ」
自由になり、振り向くと、
輝くオーロラの瞳を持ったロンダが立っていた。
男たちが殴り掛かろうとすると、ヒュンとかき消えるように姿が見えなくなり、男の背中にナイフが突き刺さっていた。
「やろう」
他の男が殴りつけようとすると、すれ違いざまに別のナイフで切りつける。
「このくらい」
血が少し流れ出た。
「毒付きだがな」
男は体をぐらりと傾けると大地に倒れ込んだ。
ロンダは、そのまま首筋にナイフを振るう。
辺りに真っ赤な血が広がり、男はピクリとも動かなくなった。
手加減しようなんて気持ちは微塵も感じられない。
ロンダは確実に仕留めることだけ考えている。
「ひっ」
最後の一人は、背を向けて逃げようとする。
「情けないな」
逃げようとする男の背中にナイフを投げつる。
最後の一人は、つんのめるように倒れ込むと、他の男たちと同じように動かなくなった。
「ああ」
肺からすべて空気が抜けていくようだった。
男たちは、動かぬ死体になっていた。
洋服にも血がついてしまった。
ジュリアに返さなければならないのに。
私は取り返しのつかないところまで来ているのを実感した。
でも、私は勇者を魔王に殺させました。
屍を越えていく気概が必要なのかもしれない。
ぐらぐらする気持ちをどうにかしながら、ロンダに頭を下げます。
「助かりました」
「ふん。待ち合わせ場所が近かったからよかったようなものの。情報屋なら身を守る手段ぐらい持っているものだろう」
ロンダは、三人も殺したというのに、気にもしていない。
平気で王都に潜入しているので、いつものことなのかもしれない。
「実は、開業したばかりですの」
「そんなことだろうと思った。まあ、いい。情報の方が重要だ」
「それはちゃんと調べてきました……ただ、場所をかえてくださらない?」
むせかえるような血の匂いのなか、話す気にはならない。
「いいだろう」
ロンダは、私を抱える
「えっ?」
驚く私を無視して、ロンダは、私を抱えたまま跳躍した。
壁や欄干を蹴り、風の軽やかな手に導かれ、空へと躍り出る。
急に視界が開けた。
「うわぁ」
世界が自分のものになった。
窓から見える人の営みが、空の星々のように光り輝いている。
先ほどの凄惨な光景が嘘のように、綺麗な夜景が広がっていた。
ロンダは、月が見える丘へに着くと私を降ろした。
気持ちはすでに回復していた。
死んでしまった男達をみた嫌な気持ちなど、もう微塵も残っていない。
自分が思っている以上に人でなしなのかもしれない。
「さて、先に報酬を渡しておく」
ピンと指ではじくように何かを飛ばす。
私は慌ててキャッチした。
私は手を広げて飛んできたものを確認する。
金色のリングに、白く光り輝く鉱石がついている。
「指輪?」
リングには、彫も入れてあり、一目で高価なものだと分かる。
「こちらの国では、硬貨が違うからな。宝石がいいだろう。俺の国の希少石だ。どこかで換金するといい」
そんなことを言われても換金場所などしらない。
とにかく、どこかにしまっておこうと思うが、
この服には、ポケットがなかった。
「なくすといけないから、適当に指にでもはめておけ」
ロンダは、もぞもぞしている私から指輪を取ると、私の人差し指から順番にはめてみる。
「この指ならはまるな」
そういって、私の左手の薬指に指輪をはめた。
「薬指に……」
「薬指がどうかしたのか?」
「薬指の指輪には意味が?」
「意味? なにかあるのか」
魔族は結婚指輪の風習がないのかもしれない。
「いえ、確かに報酬を受け取りました」
気持ちがこもっていないのならば、薬指にはまっていようと指輪はただの指輪だ。
私は呼吸を整え話し出す。
「では、情報ですが、前の勇者が死亡して、新しい勇者が選任されました」
「それは知っている」
「今度の勇者は、賢者の一番弟子。魔法全般が得意です。ただし、詠唱型。魔法発動までわずかですが隙があります」
「ふむ」
「北に向かったとのことです。残念ながら行先までは聞き出せませんでしたが、多分優秀な前衛を仲間にしに行ったのだと思います。これが候補者の一覧です」
私は書類の束をロンダに渡した。
ロンダは軽く目を通す。
「よく調べてあるな。ありがたい」
ロンダは書類を胸にしまい込む。
「帰り道は、そちらに進めば、大通りだ。襲われることもないだろう」
「ありがとうございます」
どうやら考えなしにここに来たわけではなかったらしい。
随分気を遣わせてしまった。
「よし、では次の待ち合わせはここにするか。青き月の日だな」
「わかりましたわ」
私は頷いてみせる。
「ではな」
私は、ロンダが消えた跡を見つめる。
おもむろに月に指輪を掲げた。
鉱石が赤い月の光を反射して、不思議な色合いを見せる。
「綺麗ですね」
私の計画では、王子からもらう予定だったものが、煌めいていた。