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訃報


 私は、ジュリアが作ってくれた美味しいマカロンを食べながら、書類をめくっていた。

 

「私の国の食糧事情はこうなってましたのね」


 いつもは流し読みしていた書類を熟読していた。

 勇者のことを調べていると、自分の国の理解が深まっていく。

 もし私が魔王だったらという気持ちで書類を見ると、今までただの文字の羅列だったものが輝いて見える。


「今年は北側の方が、豊作ですわね」


 地図を引っ張り出してきて、シミュレーションしてみます。


「つまり、ここの通路を塞いでしまえば……」


 簡単に王都を兵糧攻めすることができる。


「王族定番ギャグの『パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない』を言った日には冗談では済まされないわね」


 飽食の時は、笑ってすまされることも、いざ飢饉になった時に過去のことを掘り返されるかもしれない。

 私は賢い王女。

 ちゃんとパンは小麦で作られていることも、今食べているマカロンには、卵や砂糖など高級な食材がふんだんに使われていることも知っています。


「不謹慎なことをいっていれば、いつやり玉にあげられるかわかったものではないわ。もう少し発言には気を付けませんと」


 勇者と結婚せずに済んでも、処刑されてはかなわない。


「それに、リークする情報もかんがえませんとね」


 もちろん魔王には、勇者は殺してほしいが、国を滅ぼすまではしてほしいわけではない。

 リークするべき内容はしっかり選別してつたえなければいけない。

 食糧事情は、心の片隅に置いておくことにして、印鑑を押し、次の書類をめくる。


「我が国の水源は、ここと、ここと、ここ……この辺りは簡単に崩落させることができますわね。ちゃんと工事の計画ははいっているのかしら」


 書類を調べると、工事の計画は全く入っていなかった。

 それどころか、全然必要なさそうなところに工事の計画が入っている。


「ああ、どうしてこっちを工事することになっているのかしら、承認したのは、えーと……私……」


 自分の間抜けさに目頭を押さえる。

 私は急いで、工事を止めて、変更する手続きの書類を作ろうとすると、執務室の扉が激しく叩かれた。


「なんですの。今忙しいのに……」


 私は手を止め、声を張り上げた。


「はーい。どちらですか?」


「カーナ様、大変です!」


 慌てて入ってきたのは、ジュリアだった。


「どうしましたか?」


「勇者様が……」


 ジュリアが伝えに来たのは、勇者の訃報だった。


◇ ◇ ◇


 勇者は、王都に帰ってきた。

 亡骸となって。


「嘆かわしい、勇者よ」


 お父様は、心底悲しそうな顔をして、勇者の亡骸を見つめていた。


 多くの人が王の間に集まり嘆いていた。

 私は、目元をハンカチで隠して、周りの言葉に耳を傾ける。


「魔族に不意打ちされたそうよ」

「しかも、水魔法の使い手ばかり」

「とどめは、毒の刃をあびたんだって」

「早く僧侶を仲間にしていれば」


 私は笑いそうになる口元を扇で隠す。


 すべて、すべて計画通り!

 こんなにうまくいくなんて、なんて魔王は頼もしいのでしょう。


 もはや、魔王は味方としか思えなかった。


 だが、勇者を倒したのなら、魔王は用済み。

 もう必要ない。


「お父様、やはり魔王を討伐するのに、勇者個人で対抗するなど無理があったのです」


 貴族で編成した軍を率いて、魔王を打ち倒し、生き残った貴族の中で身分が高く、格好いいものと結婚する。

 完璧な計画。


「ここは私が……」


 軍を率いて魔王を倒して見せましょう!と、言いかけたところで、一人の若者が立ち上がった。


「私が勇者の意思を継ぎましょう!」


 皆の注目が、私からその若者に向く。

 お父様が代表して尋ねました。


「君は誰だね?」


 若者は、きざったらしく髪の毛をかき上げながら言う。


「私は、賢者イザークの一番弟子です」


 王の間がどよめく。


「ほう。あの名高い賢者の一番弟子か!」


 お父様は満足げにうなずきます。

 私は不満が大爆発。

 私の見せ場を奪った挙句、勇者の意思を継ぐなどと世迷い事をいうなんて。


「私は、死んでしまった勇者と違い、四大魔法をすべて使うことができ、回復魔法もマスターしています」


「なんと頼もしい」


 お父様が拍手をすると、皆が続きます。

 

「そなたが勇者だ!」


 お父様は新たな勇者誕生を祝福した。


(なんですってぇ!)


 私は、声を出さずに叫びをあげた。


「必ずや、魔王を倒してみせましょう!」


 私は、その言葉を奥歯が砕けそうになるほど噛みしめて聞いていた。


 新たな勇者が私にウインクしてみせる。

 全身を悪寒が走り抜けた。


◇ ◇ ◇


 部屋に戻った私はお気に入りのぬいぐるみを殴りつける。

 目に見立てたボタンがどこかに千切れとんでいく。


 ドン、ドン、ドーン!


 猫のぬいぐるみの首から上がどこかに転がっていく。

 さすがにお気に入りなだけあって、数十回なぐってもまったく拳が痛くならない。


「はあ、はあ、はあ」


 私は肩で息をする。


「どうしてこうなりましたか」


 ロンダという魔族が持っていた刃の冷たさを思います。

 人生で死ぬかと思ったのはあれが初めて。


 折角勇者を倒させたというのに。

 死にそうな目にあってまでリークしたというのに。


 新たな勇者が誕生した。


 許せない、許せない、許せない!


「いいでしょう。そっちがその気なら私だって考えがあります」


 運命が勇者と結婚しろと言っているのであれば、徹底的に抵抗するまで。

 方法はもちろん。


「全力でリークするだけです!」


 すべては私の幸せのため。

 魔王に野蛮な勇者は皆殺しにしてもらいましょう!



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