勇者出陣
「俺がこの国を救ってみせる!」
決意を胸に剣を掲げ、宣言する勇者。
私はにっこり微笑み言葉をかける。
「期待してますわ。未来の旦那様」
この城を訪れる、何人もの勇者に伝えた言葉。
私は自分の内面の心情とのギャップに、ぐらりと傾きそうになった。
私はひくつく頬を扇で隠す。
「カーナ王女よ、ありがとう!」
お礼を言う勇者は初対面だというのに馴れ馴れしい。品もない。
顔は髭の剃り残しがあり、擦り傷などもある。
無骨でごつごつした体を見ていると、めまいがしてくる。
勇者は、景気よく手から炎の魔法を出してみて、王の間が湧く。
「おー。さすが勇者」
「なんと頼もしい」
「これならば、魔王を倒してくれるだろう」
口々に勇者を褒め称える。
私にとっては、野蛮さが際立つばかりだ。
勇者はひとしきり歓声を堪能すると、堂々とした足取りで出陣していく。
「行ってまいります!」
皆の拍手で送られている勇者を冷たく見ていた。
『どこかで野垂れ死んでしまえ』
心の中で呪いの言葉を唱えた。
この呪いが本当になる力が私にあればよかったのに。
◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻ると、腹いせにお気に入りの猫のぬいぐるみを殴り飛ばした。
中の綿はつぶれ、縫い糸が千切れる耳が飛んでいく。
お気に入りというのは、殴っても拳が全く痛くならないという意味だ。
「なんで私があんな男と……」
結婚相手が選べないというのは仕方ない。
王女というのはそういうもの。
ただし、相手が王子か貴族の場合だろう。
勇者なんて耐えられない。
「お父様もなにがお前がいれば安泰だですか。私の人生が安泰ではありません」
鏡を見ると自分の顔が映ります。
優美で整った顔立ち、肌は美しく滑らかで、金細工のような髪がきらめいています。
鏡に世界で誰が一番美しいかと聞けば……。
不意に妹の顔が思い浮かんだ。
「妹のリリエッタなんて、隣国の大国にもらわれていきましたのに」
しかも、相手はあの美形で有名なスレイ王子だ。
リリエッタとは、ほとんど顔も同じだというのに、2歳若いというだけで、リリエッタが選ばれた。
「私もまだ20歳だというのに! 憎たらしい」
馬車に乗ってお嫁に行くときの勝ち誇った顔といったら、腹立たしいことこの上なし。
私も貴族でいいから、お嫁に行きたいとお父様に頼んでみれば、首を振られた。
「なにが、『お前が結婚してしまったら、勇者がやる気をなくしてしまうだろう』ですか」
娘の幸せを願わず何が親なのか。
生贄と変わりありません。
勇者は、魔王を倒すほど強いのだから、押し倒されれば抵抗などできるはずありません。
身震いしました。
「誰かが助けてくれるなんて、曖昧なことに期待するのはやめましょう」
待っていれば、勇者と結婚するのが運命。
運命なんて、自分の力で砕いて壊してしまえ。
自分が今できることを考えます。
「私に呪いか魔法の才能があれば……」
魔法は才能がすべて、ないものをねだっても仕方ありません。
武芸など今から始めても勇者に敵うことはない。
「毒でも極めましょうか」
魔王を倒した祝賀会で、勇者に毒を飲ませる。
これしかありません。
でも、それがいつになるかはわかりません。
もしもそれが十年後だとしたら……。
確実に行き遅れてしまう。
「勇者が魔王を倒すのを待っているだけなんて」
このセリフだけなら、健気に待つ王女そのもの。
「もっと早く、勇者が死んでしまう方法はないかしら」
もはや反逆者以外何者でもなかった。
「勇者が死んだら、魔王が生き残ってしまいますが、まあ、いいでしょう」
魔王など、勇者などに頼らず、軍を率いて倒してしまえばいい。
もういっそのこと私が率いて倒しましょう。
ええ、そうしましょう。
「好きな殿方と一緒になれないのなら、死んだほうがましです」
そのためには、まず勇者には死んでもらわなくてはいけません。
「いいこと思いつきましたわ」
私が非難されることなく、勇者を殺す一番いい方法。
それは……。
「魔王に殺してもらいましょう」