市場のおばあさんと~前編~
「うぅ……一睡もできなかった」
お母様とのおしゃべりが楽しくて気がついたら朝になっていたよ。
とりあえず市場に行かないと。
第三地区に寄ってから行くと遅くなっちゃうから、天界にある中で一番シンプルなドレスで来たけど……
ギリシャ神話に出てくるみたいなデザインだよね。
人間のドレスより楽でいいよ。
「さすがに早過ぎたかな?」
まだ四時だからね。
誰も市場にいないかな?
「あ……姫様」
……え?
お惣菜屋のおばあさん?
「早いね。もうお店の準備をしているの?」
「はい。年のせいか早起きで」
「あはは。わたしも最近は四時起きだよ」
「まあ。ふふ」
「おばあさん、ジャックを助けてくれてありがとう」
「え? わたしは何も……助けたのは姫様です」
「違うよ? おばあさんが走って呼びに来てくれたからジャックは助かったの」
「姫様……体調は?」
「うん。血を吐いたりして驚かせちゃったよね。もう大丈夫だよ」
「無理だけはしないでください……なんて……わたしが言える事ではありませんね。困ったら姫様のお顔が浮かんできて……」
「嬉しいよ」
「え?」
「困った時に思い浮かばれるなんてすごい事だよ」
「姫様……いいように使われているとは思わないのですか?」
「あはは。おばあさんの申し訳なさそうな顔を見たらそんな風には思えないよ」
「……なぜ、わたし達を大切にしてくださるのですか?」
「最初はお兄様の大切な民だからって思っていたの。王様になったばかりのお兄様の力になれたらなって。でも……今は違うかな」
「今は違う……? それはわたし達を……嫌いに……」
「え? 違うよ! 今はお兄様の為じゃなくて……最初は坊っちゃんを懲らしめる為に皆で色々したよね。それから四大国の王様達に市場を褒められてすごく嬉しくて。毎日市場に来ておいしい物を食べたり先々代の王様であるおじい様の話を聞いたり。市場はわたしにとってすごく大切な場所になったの」
「姫様……」
「おばあさん。わたしね? 昨日の公開処刑を見ていたの」
「え!? なんて危険な事を……」
「うん。危険な事は分かっていたの。でも……逃げたくなかった」
「……?」
「大好きな市場の皆やアカデミーで知り合った平民の皆の苦しみを、見て見ぬ振りなんてできなかった」
「姫様……」
「苦しいね……ずっとずっと貴族に虐げられているんだね。昨日の姿を見てその辛さときちんと向き合えた気がしたよ」
「恐ろしくはなかったのですか? 市場に来るのが……」
「どうして?」
「わたし達が……貴族の処刑に興奮する姿を見て……嫌いになりませんか?」
「嫌いになんてなれないよ。だってもう大好きなんだから」
「姫様……」
「おばあさんも……王族のわたしを受け入れてくれてありがとう」
「え? それは……姫様は聖女様で、先々代の陛下によく似ていて……でも……それだけではなくて……姫様は月のようで……お日様のようなお方ですから」
「月……お日様?」
「月のように穏やかに見守りながら、お日様のように行く先を照らしてくれる……そんなお方です」
「わたしはそんなに立派じゃないよ」
わたしは身勝手な偽善者なんだから。




