タルタロスで(5)
「このクロノスを見て戦を起こすように思えるか?」
この側付きの天族の言う通りだよ。
おじい様にそんな事ができるはずがない。
「思うはず……ないよ」
お父様が戦を起こすようなものだからね。
あり得ないよ。
「ガイアの優しい母親の顔は偽りだ」
「……そんな」
でも……辻褄は合っている……?
「では、なぜガイアは戦を起こさせたのか……」
「……理由が分かるの?」
「天界の光だ」
「……ハデスが冥界から持ってきた?」
「あれは何からできていると思う?」
「……え? 神力……なんだよね?」
「では……どこから現れた神力だ?」
「どこから……?」
「あの神力は……自害した天族の持っていた神力だ」
「……!?」
それって……
どういう事?
「普通天族は死ぬとその身体の悪い部分を治してから魂と共に冥界に入る」
「……うん。それはハデスから聞いたけど……」
「では……自害した天族は?」
「え? 消滅するんだよね?」
「……どこに?」
「え?」
どこに?
考えた事もなかったよ。
「身体は消える。そして……肉体を失った神力はあの隠し部屋の神力の光に取り込まれる」
「……何の為に?」
「何の為……か。他の奴だったらこう言うはずだ。『そんな事はあり得ない』とな」
「……あなたが嘘をつく必要がないからだよ」
「ふっ。まぁ、そうだな。天界と冥界の位置関係を知っているか?」
「一番上が天界……その下に冥界、その底にタルタロスがある。そして……ずっと下に『人間と魔族の世界』がある。確か遥か昔は冥界も天界の一部だったんだよね? それがいつの間にか天界、冥界、海に分けられて別物みたいになったって聞いたけど」
「『人間と魔族の世界』……か。確かウラノス様の話だとオケアノスの為に創られた世界……だったな」
「……うん」
「では……なんとなくは分かっているんだな。そうだ。天界は浮かんでいる」
「……うん。それは……そう思ってはいたけど」
少し変なんだよね。
ケルベロスのジャンプで『人間と魔族の世界』から冥界の入り口の穴に入る時、冥界も天界も見えないんだ。
そこに見えるのは空なんだよ。
穴自体も見えないし。
でもケルベロスには穴の場所が分かるみたいなんだ。
どういう事なんだろう?
「……は!? お前……ずいぶん賢いんだな」
「……え?」
「天界の奴らにこんな事を話したら笑われるぞ? 『この巨大な天界が浮かぶはずがない』とな」
「……そうなんだね」
わたしは群馬で色々勉強してきたから……
「じゃあ話が早いな。天界を浮かばせる為には強大な神力が必要なんだ」
「まさか……その神力が……隠し部屋の光?」
「そうだ。それなのにクロノスが口を滑らせたからハデスが光の一部を冥界に持ち込んだ。それをガイアに知られたらどうなるか」
「……え? それって?」
「……ガイアは天族の自害を望んでいる」
「……?」
「自害した天族の神力をあの光に取り込む為にな」
「天界を維持し続ける為に……?」
「……確実な証拠があるわけじゃない。だが……それが辿り着いた答えだ」
「……!」
立っていられなくて膝から崩れ落ちた……
おばあちゃん……
もしかして……
「……? ペルセポネ、大丈夫か?」
「わたし……あぁ……」
「どうした?」
涙が止まらない……
身体が震えて……
すごく……寒い……
「わたし……無限に近い……神力が……あるの……」
「は!? なんだそれ?」
「わたし……何度も自殺しようとして……」
「……まさか……ガイアの仕業か?」
「……違うよ。そうじゃない。わたしが生きているのが辛くなって……」
「ガイアはそうなる前に助けなかったんだろう? ずっと近くにいたのに」
「……!?」
違うよ……
そうじゃない……
だっておばあちゃんはいつも優しくて……
「本当に悪い奴は優しい振りが上手いんだ」
「……そんな……違うよ……」
「優しい振りをして近づいてきて油断しているところに襲いかかる。それがガイアのやり方だ」
雪あん姉がファルズフに言っていた事と同じだよ……
でも……
わたしは信じたい。
おばあちゃんをそんな風には思いたくないんだよ。
「まあ、いい。いきなり言われても混乱するだろうからな。確か三日に一度冥界に来ているんだよな? ウラノス様から聞いたぞ?」
「……うん」
「とりあえず心を聞かれないようにしながらガイアの動きを見ていてくれ。そして三日に一度報告に来るんだ」
報告?
そんなの……
心が痛いよ。
でも……
「どうしてクロノスおじい様の独房の扉は無くなったの?」
「クロノスがこんな奴だと天界に知られたら、過去の戦が誰かに仕組まれた事だと知られるからだろ? ガイアがそうなるように仕組んだに決まっている」
「……天界を維持する為にクロノスおじい様を悪者にしたの?」
「ガイアを信じるな……今はまだ何が真実か、何を信じるべきかが分からないだろう。だが……クロノスのこの姿を見れば……何が真実かは誰が見ても明らかだ」
……心が苦しいよ。
本当におばあちゃんは……
でも……信じたくないよ。
何が真実なの?
どうしたらいいの?




