ハデスとオケアノス
「冥王だというのに……本当は冥界を住み良くしたいのではなく、タルタロスを良い場所にしたかったのだ。囚われている父に良い暮らしをさせようとしたのだ。これは悪い事だ」
……ハデス。
すごく辛そうだよ。
「……悪い事……かな?」
「ペルセポネ……?」
「聖女は命がけで世界を守ったけど……すぐに忘れ去られたの」
「……?」
「クロノスおじい様がタルタロスにいる事を思い出す天族はどれくらいいるのかな?」
「……いないだろうな」
「バカみたい」
「ペルセポネ?」
「バカだろ!? 権力がある時はすり寄ってくるくせに……どいつもこいつもバカばっかりだ!」
「……オケアノス……か?」
「皆死ねばいいんだ! こんな汚い世界は滅びればいいんだ!」
「……わたしも……そう思っていた」
「……ハデス?」
「オケアノス……聞いて欲しい。ペルセポネの中から……ルゥの中からどれだけこの世界を見てきたかは知らないが……わたしは……父の腹にいた頃の方が幸せだったのかもしれない」
「……どういう事だ?」
「わたしは天族の容姿で産まれたが……闇に近い力を持っていた。そのせいで家族以外の天族から良く思われていなかったのだ」
「……その美しい容姿でも……か?」
「あいつらは自分より劣っている存在を叩いて優越感を得たいだけの愚か者達だからな」
「……共に……天界の奴らを滅ぼさないか?」
「……オケアノス……それは本心か?」
「……え?」
「本当にそうしたいのなら既にしているだろう? ペルセポネの無限に近い神力があれば可能なはずだ」
「……それは」
「素直になれ。本当はデメテルの悲しむ姿に心を痛めたのだろう?」
「……」
「オケアノスはペルセポネだ。ペルセポネが望まない事をするはずがない」
「オレは……悪い奴だ」
「悪い……?」
「人間を……意味もなく殺して……ウラノスを……苦しめて……」
「わたしも人間を殺してきた」
「それは……魔族だったから……食べる為で……オレは……そうじゃなかった」
「オケアノスは優しいのだな」
「……え?」
「わたしは食べずとも人間を殺してきたぞ?」
「え?」
「知らなかったのか? わたしは人間も魔族も天族も気に入らない奴は暗殺してきた」
「……え? 神の息子で……冥王なのに?」
「そうだ。やられたままなどあり得ないだろう。死を懇願するほどの苦痛を与えてやった」
「……嘘だろう?」
「嘘などつかない」
「……天族は美しいから清らかではないのか?」
「天族ほど心が腐った生き物はいないと思うが。もちろんペルセポネと家族は違うがな」
「……! オレは……自分の心が醜いから容姿も醜いと思ってきたのに……」
「悩み損だったようだな」
「……は……あはは……あはは!」
「……オケアノス? どうした?」
「バカらしくなっただけだ……真面目に考えてバカみたいだ。それに冥界があれば天界とあの世界を同時に滅ぼす事は不可能だ。はっ! 今まで考えてきた事は全部意味がなかったのか……」
「そういう事だ。同時には無理だろうな。オケアノス……ペルセポネと魂が一体化したというのは本当か?」
「……ん? ああ。疲れているんだな。ペルセポネは眠っているようだ。こんなオレを信じて身体を任せるとは」
「……そうか。魂とは不思議だな」
「……そうだな。あんなに辛かった心が……今はすごく穏やかだ」
「全てを恨んで生きるのは辛いだろう」
「……」
「わたしも全てを憎み暗闇を生きてきた。だが……ペルセポネの温かさを知ると……疲れきった心は幸福で満たされた」
「……不思議な娘だな」
「そうだな」
「ハデス……?」
「なんだ?」
「ハデスの言う通り、魂とは不思議だな」
「……今までは考えた事もなかったが……確かにそうだな」
「オレは……思ったんだ。ペルセポネの魂とひとつになった時……バニラと分かれた時にな」
「……?」
「魂とは……恐ろしい物だ。これは……どうやらガイアとバニラしか知らない真実らしい。ウラノスでさえ知らない秘密」
「……オケアノス? それは?」
「魂は……」
「魂は?」
「……ハデス……もう寝よう?」
……危なかった。
オケアノスが魂の秘密に辿り着くなんて……
まさか……これが魂の秘密だったなんて。
これはダメだよ。
わたしの心を聞かれて……この秘密を誰かに知られたら大変な事になる。
オケアノス、ごめんね。
全て忘れてもらうよ。




