練乳を飲みたい(1)
夜になって冥界に戻ると、ケルベロスがいつも通りの大興奮で出迎えてくれる。
「あぁ……ペルセポネ様! あれ? 翼が……」
「ペルセポネ様? まさか……誰かに、もがれたとか!? 赦さん!」
「かわいそうに……なんて事だ!」
ケルベロスの三つの頭が騒ぎ出したね。
「違うの。わたしが翼をぶつけて痛そうにしていたらハデスが隠してくれたの」
「そうだぞ。ケルベロスはペルセポネの心配はしても、わたしの心配はしないのだな」
そうだね。
今はハデスも翼を隠してあるからね。
「え? あ……しまった……」
「冥王様……その……」
「悪気は無かったのです……」
あぁ……
怒られちゃったね……
「そうだ。お父様がね? 翼を隠すのはハデスにしかできないって言っていたよ?」
「……ペルセポネならできるだろう。ペルセポネにできない事は無いからな。美しい上に、なんでもできる素晴らしい妻だからな」
うぅ……
ハデスはわたしを美化し過ぎだよ。
なんでもできるならもっと絵も上手く描けるはずだし、器用に生きているはずだよ?
「ハデスはどうやって翼を隠しているの? 黒いモヤで消しているの?」
「そうだな……モヤでパーッとするとサーッと消える」
ん?
パーッでサーッ?
どうやるのかな?
分からないよ……
「わたしには黒いモヤは出せないよ?」
「そうだったな……では、わたしが翼を出し入れしよう。出したい時はいつでも言うのだぞ?」
「うん。ありがとう。ずっと人間の身体で暮らしてきたから翼に慣れなくて。自分の幅が分からなくなっていたの。助かったよ」
「そうだな。わたしもずっとヴォジャノーイ族の身体だったからな。翼が邪魔なのはよく分かる」
「ふふっ。ハデスも翼を邪魔だと思っていたんだね」
「あぁ……わたし達は似た者同士だな」
「似た者同士か……嬉しいよ。ふふっ」
大好きなハデスが隣で微笑んでくれて……これからはずっと一緒にいられるんだ。
「そういえば……ヨシダのおじいさんが言っていたのだろう? ペルセポネの呪いの解き方を我々がすでに知っていると」
「あ、うん。そうなんだけど……でもおじいちゃんはお父様にそれをやらせたいみたいなの」
「……ペルセポネも、もう分かっているのだな」
「ハデスも分かっているの?」
「あの、人魚の騒動の時にあの場にいたからな。デメテルとも少し話したが、気づいたようだったな。ゼウスは人魚が男だった事にがっかりして聞いていなかったのかもしれない」
「歯がゆいけど……吉田のおじいちゃんには、何か考えがあるんだろうから、お父様が気づくまで待ちたいんだ」
「全く……ゼウスには手がかかる」
「でも……憎めないんだよね?」
「あぁ……呪いの方は大丈夫そうか?」
「うん。モフモフさえ触れば大丈夫だよ?」
「そうか。いくらゼウスが愚かでも、そう時間がかからずに気づけるはずだ……もうしばらくの我慢だからな?」
「たぶん……全く聞いていなかったはずだから。少しずつヒントを出してあげたいんだ」
「その辺りはヨシダのおじいさんと話してみよう」
「うん。そうだね。あ、ケルベロスにおばあちゃんからケーキを預かってきたんだった。はい、ロールケーキだよ。三つあるからね?」
「ロールケーキ? おお! こんな形のケーキは初めてだ!」
「生クリーム……このクリームは最高です!」
「異世界には、おいしいお菓子がたくさんあるんですね」
「うん。他にもいろいろあるんだよ? そうだ! 練乳っていうトロトロの液体があるんだけどね? 甘くてひとくち食べるともう止まらなくてね? チューブに吸いつきたくなっちゃうの!」
「チューブ……? とはなんですか?」
「練乳が入っている入れ物なんだけど……イチゴにかけたりかき氷にかけると最高なんだ! 今度お父様に群馬から持ってきてもらうね」
「レンニュウ……幸せの飲み物なんですね?」
「ゴクッ。楽しみだ」
「あぁ……早く飲みたい……」
わたしも練乳たっぷりの抹茶白玉小豆練乳かき氷を食べたくなっちゃったよ。
さっそく明日お父様に頼んでみよう。