魔術科の広場で(10)
「……大切な存在?」
ジャックが弱々しく尋ねてきたね。
「うん。自分は死んでもいいから、守りたい命があったんだよ」
「殿下……」
「わたし……ね? 自分勝手だから、これでいいと思っちゃったの。大切な人の為に死ねるなら、それで皆が生きられるならそれでいいって。でも、違ったの」
「違った?」
「うん。わたしが死んだ後の事なんて何も考えていなかったの。『魔素が祓われて皆が幸せに暮らしました』そんな未来なんだろうなってぼんやり考えるくらいで」
「……死んだ後?」
「うん。でも、確かにわたしの知り合いじゃない人間達は聖女の事なんて思い出しもせずに普通に暮らしていたけど……わたしを知ってくれていた人間は心を痛めていたの。わたしはバカだよね。そんな事は少し考えれば分かる事なのに……」
「それは……殿下にしか……できない事だったから……魔素は殿下にしか祓えなかったから……バカなんて……そんな事無いです」
「そうだね。魔素はわたしにしか祓えなかった。じゃあ……ジャックは?」
「え?」
「地元の人間達を幸せにするのはジャックにしかできないの?」
「……え?」
「ジャック……わたしはね? 死んだ事があるから分かるの。死ぬ直前に思うのは……後悔……」
「後悔……?」
「わたしの場合は、そうだったよ。残される人達に『ごめんなさい』って。『わたしが死んでも苦しまないで』って」
「……殿下。オレ……ごめんなさい。聖女様が世界を救ってくれたのは知っていたのに……そんなのすっかり忘れて普通に暮らしていて……」
「謝らないで? そういうものだよ。身近にいなければそうなるよ」
「殿下……」
「ジャックは、このまま貴族の邸宅で働いたとして……おじいさんになって亡くなる直前に何を思うんだろうね」
「……え?」
「あの時魔塔に行っていたら、あの時ああしていたら、こうしていたら……そんな風に後悔して欲しくないな。自分で決めた道なら後悔しても自分のせいだって思えるけど、他人に決められた道だったら? その道を歩かせた人間を恨まないかな?」
「それは……」
「一度しかない自分の人生を……命を……自分の為に使うのは悪い事なのかな?」
「……殿下」
「わたしは……それはわがままなんかじゃないと思うよ? 他人に迷惑をかけないなら。それが、誰かを傷つけないなら。罪にならないならわたしはそれでもいいと思うよ?」
「……後悔……してますか? こんなオレみたいな奴を救って……なんの感謝もしないで聖女様を忘れて生きていて……」
「クラスメイトにも同じ事を言われたの。でも、後悔なんてしていないよ? 誰かにやらされた事じゃないから。自分で決めた事だからね。でも……それも今こうやって生きているから言える事だよ。そうじゃなかったら、大切な人達に悲しい思いをさせ続けるところだったよ」
「後悔……オレは……でも……あぁ……どうしたらいいんだろう」
「将来をこの一瞬で決める必要はないよ。ただ、貴族の邸宅で働かないといけないって決めるのは早すぎると思うんだ。ジャックが後悔しないようにしよう? もちろん大人の話を聞くのも大切だよ。ジャックより長く生きているからたくさんの事を経験しているし。でも一番大切なのはジャックの気持ちじゃないかな? 地元の人間を幸せにするのがまだ子供のジャックだなんてそんなの間違っているよ」
一度しかない人間の短い命を無駄にして欲しくないんだよ。




