魔術科の広場で(9)
「心が……軽く?」
ジャックが聞こえないくらい弱々しく呟いたね。
「うん。ジャックはまだ若いんだから一人で抱え込むなんて辛すぎて耐えられないよ。嫌じゃなければ話してみて?」
「……あの、あの……えっと……オレは……魔力があるって分かった時、本当は魔塔に行きたいって思ったんです」
「魔塔……?」
そういえば公爵が魔塔がなんとかって言っていたよね。
「はい。あの……やっぱりおかしいですよね」
「……ごめん。わたし、魔塔がなんだかよく分からなくて」
「あ、そうだったんですか。えっと、魔力がある人達が研究したり魔法石に魔力を入れたりしながら暮らしている場所なんです」
「へぇ。それが魔塔なんだね。その人間達は魔塔で生活をしているって事なのかな?」
「はい。魔力を持つ人の憧れで……でも、そんなのオレのわがままだし……全然魔力を思い通りに使えないし。やっぱり無理ですよね」
「無理なんかじゃないよ。すごく素敵な夢だよ? でも……諦めていいの? 地元の人間の為に自分の夢を忘れられるの?」
「……それは」
「ジャック……わたしの事……誰だか分かる?」
「え? ニホンの殿下……ですよね? アカデミーの噂の人ですからオレでも知ってます」
……まさか、変態で有名とかになっていないよね。
でも、怖くて訊けないよ。
ん?
ベリアルが悲しそうなつぶらな瞳でわたしを見つめているね。
『こいつの変態がアカデミーの皆にばれているのか』っていう顔だよ。
「……あ、噂……あはは……そっか」
恥ずかしくて上手く話せなくなっちゃったよ。
「あの、殿下には治癒の力があるって噂も聞いて。でも、最後の神力がある人は司教様なんですよね? ずっと不思議だったんです。殿下は一体……あの……どうして治癒の力があるんですか?」
「それは、わたしがこのリコリス王国の王妹で、聖女ルゥの生まれ変わりだからだよ?」
「……え? それって……?」
「聖女としてこの世界の魔素を祓って、わたしは死んだの。それをかわいそうに思った神様がわたしを黄金の国ニホンの王女に生まれ変わらせてくれたの」
「……!? 神様!?」
「そうだよ? ちなみにヒヨコちゃんと、浮かんでいる魚のゴンザレスは神様のペットなんだよ? 聖獣なの」
「神様のペット!? 神様のペットォォォオ!?」
かなり驚いているけど信じてくれたのかな?
普通は嘘つきだと思われそうだけど。
「信じてくれるの? こんな嘘みたいな話を」
「……殿下は平民の味方で……強くて……あの……オレ、アカデミーに爆弾が仕掛けられていた話を聞いたんです。殿下が一人で爆弾犯を捕まえたって。それだけじゃなくて、ドラゴンと共に暮らしていたり悪い公爵を断罪したり……だから、そんな殿下が嘘をつくなんて思えなくて。今だってオレの話を真剣に聞いてくれてるし……」
「ありがとう。すごく嬉しいよ。ジャック? わたしは魔素を祓って死んだの。それは……この世界に生きる全ての人間の為なんてそんな清らかな理由じゃなかったの。正直、会った事も無いような他人を助けたいなんて微塵も思わなかったよ? わたしはわたしの大切な存在を守りたくて魔素を祓ったの」
「……え?」
「わたしは聖女だった。聖女は代々魔素を祓って命を落としてきたの。でも、どうだったのかな? 皆この世界に生きる全ての人間の為に魔素を祓ったのかな? そんなぼんやりした事に命を落としたのかな? わたしはそうじゃないと思う。皆、それぞれ心から大切な存在がいたんじゃないかな?」
そうじゃなかったら、自分の命と引き替えにそんな事はできないよ。