市場で(4)
「姫様……このままずっとこのリコリス王国にいるわけにはいかないのですか?」
市場のおばあさんが悲しそうにわたしの手を握ってくれたね。
「おばあさん……」
「アカデミーもあと二か月で辞めると聞きました。寂しくなります」
「お兄様が結婚するまでは市場には出入りするつもりだよ?」
「あの……姫様がニホンの王女様のお身体になった経緯をクラスメイトの方から聞いて……」
「あ……そうだったんだね」
「あの……姫様……わたしがこんな事を言うのはおかしいかもしれませんが……姫様は優しすぎるのです。命がけで魔素を祓って……きっと辛く苦しかったはずです。それなのに我々は、まだ姫様に迷惑をかけていて。そんなダメなわたし達にこんなに優しくしてくれて……」
「おばあさん……」
「悪態をついてくれた方が心が楽です。『こんな事なら魔素なんか祓うんじゃなかった』と。『自分が命がけで救ったのはこんな世界だったのか』と……」
「おばあさん、そんなに悲しい顔をしないで? わたしは後悔なんてしていないよ? 誰かに無理矢理やらされた事じゃないから。自分で決めた事だから後悔なんてするはずないよ」
「姫様……あまりに優しすぎると心が疲れてしまうのです。お願いですから、辛いお気持ちを溜め込まないでください」
「おばあさん……」
「先々代の陛下も……時々愚痴をこぼしておいででした」
「え? 愚痴を? 市場で?」
「何があったのかまでは話してはくださいませんでしたが『疲れた時にはここに来て甘い物を食べながら皆と話をするに限る』と……」
「そうだったんだね」
「その豆を煮た物をおかわりして……そういえば一度酷く辛そうなお顔の時がありましたね」
「酷く辛そうな顔?」
「はい。確か……『自分は名君でもなければ良い父親でもない。赦されない事をした』と」
「赦されない事?」
もしかして、息子さんを殺害した時の事かな?
「酷く動揺していて、お身体が震えていました。『一番大切なものを自らの手で消してしまった』と」
やっぱり息子さんの事みたいだね。
「そんなに……辛そうだったの?」
「はい。『王としてやらなければいけなかった。だが、一人の父親としては絶対にやってはいけない事だった。何も知らずに生きていたかった。王になどならなければ良かった』そのような事を何度も何度も……」
チェルシーちゃんの秘密は代々のリコリス王だけが受け継いだんだよね。
王様にさえならなければ、大切な息子さんを殺害しなくて済んだのか。
王様だから秘密を知ってしまった息子さんを生かしてはおけなかった。
そんなの辛すぎるよ。
先々代の王様はずっと後悔していたんだね。
傷つきながら生きていたんだ。
本物の名君だった……?
はぁ……
心が痛いよ。
知れば知るほど苦しくなる。
二代前の聖女を早く幸せの島に埋葬しないと……
これ以上不幸になる人間を増やさない為にも。