ヨシダさんとタルタロスへ(3)
今回はハデスが主役です。
「ははは! ハデスは、ようやく本当の姿を見せるようになったな。遥か昔は、優しいくせに常に険しい顔をしていたが……愛する者に変えられたか」
コットスが楽しそうに笑っているな。
こんな風に笑うのか……
遥か昔、最後に会った時より表情が穏やかになったようだ。
「……そうだな。ペルセポネの為ならば、なんでもできてしまう。ペルセポネはわたしの道しるべなのだ。わたしの行く先を暖かな光で照らしてくれる。だからわたしは前を向き生きられるようになった」
「そうか。幸せか! ははは! 会いたかったが連れて来るのは無理だろうな。この姿のオレ達を怖がるだろうからな」
「……いや、ペルセポネならきっとこう言うはずだ。『大きくてかっこいい。筋肉が堪らない』と」
「は? 筋肉が堪らない? ははは! 少し……いや、かなり変わり者のようだな。さすがゼウスの娘だ」
「ゼウスにだけは似られたくないが……だが、真っ直ぐなのだ。どこまでも真っ直ぐで……ずっと見つめていたくなる。目を離したらその時間に大切な姿を見逃してしまいそうで……だから、ずっとずっと近くにいたいのだ」
「ゼウスのように破天荒なのか? だとしたらハデスも大変だな……」
「破天荒!? それだけは違う! ゼウスとは違うのだ! ペルセポネは今にも折れてしまいそうな心を奮い立たせて……無理ばかりして。だから、わたしはペルセポネを支えたいのだ」
「……愛しているのだな」
「ああ。ペルセポネはわたしの最愛の……わたしの全てなのだ」
「……今度連れてこい。その最愛の筋肉好きを……な。で? 今は何をしにタルタロスに来たのだ? 用があったのだろう?」
「あぁ……ペルセポネとわたしは子を望んでいるのだ。だがペルセポネの魂は遥か昔に、闇の力を持っていた。だから、その力に赤ん坊が耐えられず爆発してしまうかもしれなくてな。遥か昔、人間と魔族の世界に追放された『初代の神の息子の魂の片割れ』が我が妻なのだ」
「……なんと! ではオレの兄か弟だったのか」
「そのようだな。そして、色々あってゼウスの娘の身体に憑依したのだ」
「『色々あった』か……酒が足りなくなりそうだ。一晩では語り尽くせそうにないな」
「そうだな。この数千年、わたしも魔族としてヴォジャノーイ族の姿で過ごしてきたしな」
「何!? それはどういう事だ!? ああ! 気になって仕方がない。今すぐ『ペルなんとか』を連れてこい!」
「あぁ……いや、だが……ペルセポネは優しいから心配で連れてこられないのだ」
「何を言ってるんだ! ハデスは冥王だろう。その妻ならタルタロスについても知っておかないといけないだろう!」
「ダメだ。ペルセポネは傷つきやすくて……」
「仕方ないな……オレが冥界に行くか」
「え? コットスが?」
「今オレは休憩時間だ。問題ないだろう。もう囚われているわけではないからな。さあ、行くぞ!」
「コットスはタルタロスから出たくないと言っていなかったか?」
「『ペルなんとか』に会ってみたくなったからな。このままでは気になって眠れないだろう。それに……お前は牢でクロノスに話がある……違うか?」
コットスがヨシダさんに話しかけている。
そうか……
わたしがいたらヨシダさんは話しにくい事もあるかもしれないな。
「……では、行くか?」
「あぁ……タルタロスから出るのは久しぶりだな。冥界に大量の酒はあるか?」
「コットスが酔えるほどは無いな。タルタロスから持って行くか?」
「そうしよう。ハデスの妻か……楽しみだ」
ペルセポネならば、コットスの巨体を見ても驚きはしないだろう。
いや、待て。
頭が五十個、腕が百本あるが、大丈夫か?
……コットスも行くつもりになっているから今さらやめられないか。
「では、ヨシダさん。わたしは先に冥界に戻ろう」
「そうか、そうか。気を使わせちまってすまねぇなぁ。遥か昔の実験の本は、じいちゃんが冥界に持って行くからなぁ」
ヨシダさんは今まで通りの話し方に戻っているな。
一人にして心配だが……
わたしはいない方が良さそうだ。