初恋……か
「あぁ……お腹いっぱいで大満足だよ」
市場での夕飯も楽しいね。
坊っちゃんはご機嫌でタウンハウスに帰ったからメイドさんにも優しくなるかな?
そんな簡単には変わらないか……
「ぺるみの好きそうなトマト味の惣菜があったからなぁ。良かったなぁ」
おばあちゃんが食後のお酒を飲みながらご機嫌で話しかけてきたね。
隣に座っている吉田のおじいちゃんもニコニコして楽しそうだよ。
二人は今日も一日中、仲良しだったね。
「パンにソースをつけて食べたら止まらなくなっちゃって三回もおかわりしちゃったよ」
ハデスにも食べさせてあげたかったな。
今度一緒に来ようかな。
「姫様に喜んでいただけて幸せです。わたしは年寄りだからハーブとかそういうのがよく分からなくて……魚臭くありませんでしたか?」
高齢のお惣菜屋のおばあさんがニコニコ笑いながら話しかけてくれているね。
「だから食べやすかったんだね。わたし、ハーブとかが苦手なの。アップルパイに入っているシナモンとかもダメなんだよね」
「そうだったんですか。ふふふ。実はわたしも苦手なんです。せっかくおいしいトマト味なのに草の味になってしまう気がして」
「草の味? あはは! 言われてみればそうだね」
「この料理は先々代の陛下もおかわりして……姫様を見ていて思い出しました。懐かしいです」
「先々代の陛下も? その頃は今みたいな市場は無かったのかな?」
「今のような形ではない市場で……あの頃も毎日が賑やかで……わたしもまだ若かったからそれは楽しくて」
「ふふ。今もすごく素敵だよ?」
「姫様はお上手ですね。先々代の陛下はそれは見目麗しくて……全ての女性の憧れでした」
「そうだったんだね。店主も憧れていたのかな?」
「はい。優しくて穏やかでわたし達のような平民にも素敵な笑顔を向けてくれて……思い出しただけでも胸が高鳴ります」
「店主は恋をしていたんだね」
「恋……くすぐったい響きですね。でも……確かにあれは初恋でした」
「初恋……素敵な言葉だよね」
「姫様は素敵な初恋をしましたか?」
「え? あ……えへへ。うん。初めて好きになった『人』と、久しぶりに違う形で出会って……でも、初恋の相手だって気づかずに、またその『人』の事を好きになったの」
ペルセポネの記憶が無くても、わたしはヴォジャノーイ族の『じいじ』だったハデスを好きになったんだよね。
「まぁ……運命のお相手なのかもしれませんね」
「運命の相手? だとしたら嬉しいな。その『人』はわたしの婚約者なの」
「まぁ! なんて素敵なお話なんでしょう! これは劇場で公演したら皆に喜ばれそうですね」
「劇場で公演!? それはさすがに恥ずかしいよ……ん? 待って? 劇場があるの!?」
「え? あ、はい。貴族の住む場所にそれは素敵な劇場があって。はぁ……一度でいいから入ってみたいです。平民は入れなくて……」
「そうなんだね。あ、じゃあ、平民も入れる劇場はあるのかな?」
「劇場というよりは広場ですね。公女と公爵を断罪したあの広場です」
「なるほど。あそこか……実は……ヒヨコちゃんに超絶かわいい踊りや歌を披露してもらえる場所を探していたの。貴族用の劇場だと市場の皆が入れないのか……だったら市井の広場の方が良さそうだね」
「まあ! ヒヨコ様の歌や踊りを!? なんて素晴らしい……でしたら、市場の催しにして、その日はヒヨコ様デーとしてヒヨコ様にちなんだ物を売ってみたらどうでしょうか?」
「ヒヨコちゃんにちなんだ物!? もしかして……ヒヨコちゃんの形をしたお菓子とかお惣菜とか!? うわあぁ! 素敵な考えだね!」
「先々代の陛下は、よくそのように市場に恩恵をもたらしてくれました。懐かしいです……」
……先々代の王様か。
こういう話を聞くと悪い人間ではなかったように思うけど……
聖女を連れ出したからって、実の息子を殺害したんだよね。
目に見えている部分だけが事実ではない……か。
自分の子を手にかけた後、何を考えながら生きていたんだろう。
後悔したのかな?
それとも、これで聖女を息子から守れたって安心したのかな?




