市場と坊っちゃん(1)
「あの……えっと……」
坊っちゃんが気まずそうに隠れていた場所から出てきたね。
護衛の二人も一緒だね。
確か一人は平民で一人は男爵家の五男? だったかな?
二人とも坊っちゃんとその家族の伯爵家に虐げられているんだったよね。
だから『蚕でギャフンと言わせちゃおう作戦』に協力してくれているんだ。
坊っちゃんはメイドさんにも辛く当たっているみたいだったけど……
「坊っちゃんは、市場に買い物に来たのかな?」
とりあえず、何も知らない振りをしないとね。
「……いや、あの……相談役……? って誰だ?」
おぉ……
この感じだとまだわたしが元聖女で王妹だとは知らないみたいだね。
「ワタシガ……ソウダンヤク……デスガ……」
相談役!?
わたし以上のカタコトになっているよ!?
大丈夫かな?
心配だよ。
「……? あの……えっと……蚕のプロだって聞いて……」
「ア……ハイ……ソウデス……」
おぉ……
見ている方も気まずいよ。
相談役は明らかに、パニックになっているのを隠そうとしている顔だよ?
「領地の蚕が……その……オレは今、タウンハウスで暮らしていて……領地の父上から手紙が届いたんだ。蚕が繭を作らなくなったって……」
「ヒェッ? アア……ハイ」
……!?
相談役!?
大丈夫かな?
顔色が悪くなってきているよ?
「……知っているか? 蚕がそうなった時にどうしたらいいかを……」
「……! ア……エット……」
もう限界みたいだね。
わたしが代わりに……
「そうか、そうか。蚕が繭を作らなくなったか……」
吉田のおじいちゃん?
まさか、わたしの演技力を心配して話し始めたんじゃ……
「お前は?」
「オレは市場の相談役の友達だ。相談役は、日頃の疲労が溜まっていてなぁ……オレが代わりに話そうなぁ。ちなみにオレも平民だぞ?」
「……平民……そうか」
「どうして相談役がこんなに疲れてると思う?」
「え? それは上に立つ者として……」
「そうだなぁ。上に立つ者として市場を守らねぇといけねぇんだ。市場を荒らす貴族からなぁ」
「……! それは……」
「言うべき事があるんじゃねぇか?」
「……」
「悪い事をしたら謝るって事に身分は関係ねぇだろう?」
「関係ある! わたしは伯爵家で、こいつらは平民だぞ? 謝るなんてできない!」
坊っちゃんは、一人称も定まらない子供なんだね……
それとも、興奮しているからかな?
「じゃあ……オレも蚕も繭を作らなくなった理由を知ってるけど、平民だってバカにされてるから教えなくていいんだよなぁ?」
「え?」
「だって坊っちゃんはオレら平民を見下してるんだろ? 自分より下の奴に物を教わるなんて自尊心が許さねぇんじゃねぇか?」
「それは……」
「オレは相談役みてぇに優しくねぇからなぁ。平民をバカにする坊っちゃんには教えたくねぇんだ」
「……平民のくせに貴族にそんな口を……いや……でも……」
「さぁ、皆、仕事に戻った方がいいぞ。時間の無駄だからなぁ」
「待ってくれ……お前達の言いたい事は分かった。いくらだ? いくら払えば教えてくれる?」
え?
坊っちゃんの護衛の平民の方の人間だよね?
何でそんな事を言い出したの?
同じ平民だし、前に話した感じだとこんな事を言うようには思えなかったけど……