楽しい時間はあっという間に過ぎていくんだろうね
「ペリドット様! オレもヒヨコ様の応援をしたいです!」
おお!
前の席のジャックも?
「うん! 一緒にうちわを作ったりして応援しようね?」
「ウチワ……ですか?」
「あぁ……えっと……マクラメって知ってる? プルメリアのレオンハルトの護衛の妹なんだけど。マクラメがお兄様を応援している時に持っているのがうちわだよ?」
「ああ! 『プルメリアの戦場の死神』と呼ばれる男爵家の令嬢ですよね?」
「え? 戦場の死神? マクラメの父親がって事かな?」
「はい。戦場に男爵の赤髪がなびくと敵兵が戦意を喪失し一瞬で勝利を収めると言われています。同じ男爵家として憧れますよぉ」
ジャックが瞳をキラキラ輝かせているね。
ふぅん。
前にレオンハルト達が死の島だった幸せの島の近くに来て魚族に襲われた時、マクスが人間にしては強いとは思ったけど。
そういう事か。
「男爵は強いんだね。一度手合わせしてもらいたいよ」
「ええ!? そんな恐ろしい事を! 絶対にダメですよ。危ないです! なんでも目から光線が出て、剣をひと振りするだけで家が崩れるらしいんですよ」
「目から光線? あはは。それはおもしろいね」
「ペリドット様……笑い事じゃないですよ! オレは直接見た人から聞いたんです」
「直接見た人?」
「はい。三メートル超えの身長で、馬に乗る姿は風よりも速く、一歩、歩くだけで大地が揺れると」
「三メートル超えの身長で風よりも速く馬に? 歩くと大地が揺れるって……普段どう生活するんだろうね? 馬もかなりの大きさじゃないと男爵を乗せられないよね……それに目から光線なんて出たら目の水分も蒸発しちゃいそうだね」
「え? あ、確かに……」
「ふふ。ジャックは騙されたんだよ」
「うぅ……あの吟遊詩人め……また騙したな……」
「吟遊詩人? 聞いた事はあるけど実際見た事は無いんだよね」
「嘘ばかりの内容だとは分かってるんですけど、おもしろいんですよ。世界中を旅した話を聞かせてくれるんです」
「へぇ、おもしろそうだね! どこに行けば会えるかな?」
「うーん。最近は会いませんね。世界中を旅しているらしいですから」
「そっか……残念だな。他にはどんな話を聞いたの?」
「はい! 一番北にある国が寒すぎて鼻毛が凍るとか! あとは一番南にある国では皆裸で過ごしているとか! 聞いていておもしろいんですよ」
「あはは! 本当だね。ジャックは世界に興味があるの?」
「はい! 見た事の無い物や行った事の無い国に興味があって。男爵家だとなかなか世界旅行なんてできないですから。でも、いつか自分の目で吟遊詩人の話が本当かを確認してみたいんです」
「そっか。確かに世界を隅から隅まで見て回ったら楽しいよね」
「はい。それで、いつかオレに子供や孫ができたら膝に乗せて話してあげたいんです」
「ふふ。素敵だね」
「実際無理だとは思うんです。オレの領地は貧乏だから旅行なんて夢のまた夢で。でも夢は大きく持った方がやる気が出ますから」
ジャックはすごいな。
優しいし、しっかりしているし。
こんな人間がお兄様の側にいてくれたら安心なんだけど……
でも、それはわたしが口出しする事じゃないからね。
七ヶ月後ココちゃんがアカデミーを卒業したらすぐにお兄様と結婚するんだよね。
そうしたら……
わたしはもう今みたいに人間とは過ごせないんだ。
天族が人間の近くにいたらいけないと思うから……
自分で決めた事だけどやっぱり寂しいね。
『四大国のアカデミー魔術科対抗魔術戦』まであと二ヶ月。
そこでわたしの学生生活は終わるんだ。
お兄様達の結婚までは市場にも出入りするし、おばあ様にもお兄様にも会いに行くつもりだけど……
人間と過ごせるのはあと七ヶ月。
楽しい思い出をたくさん作りたいよ。