この幸せな時間はもうすぐ終わるんだね
「うぅ……うわあぁん! 怖いよぉ! 誰か助けてくれ! じいちゃん……は役に立たない。ばあちゃんと兄ちゃんは……ぺるみに甘そうだ……宰相と公爵は変態だし。マクスはバカだからダメだ! まともなのは……まともなのは……ココとアンジェリカとリュートと騎士団長だけだ!」
ベリアル!?
それは事実だけど口に出したらダメだよ!
「ちょっと、失礼だよ? 悪口はダメだよ?」
「は? お前のせいだろうが!」
「え? 何が? わたしは何もしてないよ?」
「……無自覚か。魔族の中で育ったからな」
「だから、何が?」
「内臓とか普通は言わないだろ?」
「え? そうなの? 群馬にいる時はおばあちゃんが猟師だったから獲物を捌く部屋があったの。そこには✕✕とか✕✕とか✕✕とかがピローンって……」
「分かったから! もう黙れ!」
「ええ? なんで?」
「お前が話すと怖いからだよ! 黙ってお菓子を食べてろ!」
「うぅ……怖くないのに。分かったよ。クッキーを食べるよ……」
全然怖くないのに。
あ、このクッキーおいしいね。
「これでよし。ぺるみの餌付けは簡単だからな」
……!?
ベリアルにだけは言われたくないよ!
それにしても、おいしいクッキーだね。
あれ?
ベリアルが嬉しそうにわたしを見ている?
餌付けできて嬉しいとか?
「じゃあ、今のうちにじいちゃんを送っていくか。あ、そうだ。デッドネットルにある船もついでに持っていくか」
「え? そんな大きい物まで運べるなんて! ヒヨコ様はすごいですね!」
おじいちゃまの瞳がキラキラに輝いているよ。
最初はヒヨコって呼んでいたけど、ヒヨコ様にレベルアップしているよ。
「まあな! オレはすごいんだ! じゃあ出発だ!」
ぐふふ。
得意気なヒヨコちゃんも堪らないね。
あぁ、クッキーがおいし過ぎて止まらないよ。
「皆、目を閉じろ! 眩しくなるぞ」
ベリアルが空間移動をしたね。
クッキーがおいしいよ。
「ペリドットはそのクッキーが気に入ったようだな」
ハデスが優しく微笑んでいるね。
「うん! すごくおいしいの。おばあちゃんが焼いてくれるクッキーみたいな味がするの!」
「そうか。おばあさんのクッキーか。あれはおいしいな」
「うん! 同じように作っても同じ味にはならないの」
「そうか? ペリドットの作る物はどれもおいしいが」
「えへへ。ありがとう。前にね? おばあちゃんに訊いたの。どうして同じ味にならないのって。そしたらね? 言われたの」
「なんと言われたのだ?」
「手が違うらしいの」
「手?」
「うん。おばあちゃんの手は優しい手なの。お父さんを育ててわたしを育てた優しい手。だから、優しいご飯が作れるんだって。すごくすごく大切な人がいるとだんだんおいしく作れるようになるらしいの」
「そうか。おばあさんらしいな」
「うん! わたしもいつかおばあちゃんみたいなおいしいご飯とかお菓子が作れるようになりたいな」
「今でも充分だが……ペリドットなら絶対にできるぞ?」
「えへへ。うん!」
「ふふ。ペリドットちゃんは幸せに暮らしているのね。前王様は素敵な紳士ね。優しい手……ふふ。このクッキーはおばあ様が焼いたのよ? 嬉しいわ」
このクッキーをおばあ様が作ったの?
「おばあ様が? だから、すごくおいしいんだね。おばあ様は皆の優しいおばあ様だから」
「皆の優しいおばあ様……ふふ。こんな日が来るなんて……わたくしは世界一幸せなおばあ様ね」
あぁ……
すごく穏やかな気持ちだよ。
でも、お兄様が結婚したら……もう、人間に関わるのは控えよう。
わたしは天族だから……
これ以上は人間に関わったらダメだ。
皆が幸せになったら、もう終わりにしよう。
寂しいよ。
心が痛いよ。
涙が溢れてきそうだ。
遥か昔のわたしとベリアルの魂もこんな風に人間と距離を置いたんだよね。
大切な子孫が人間に迫害されないように、魔族の姿の自分はもう一緒には暮らせないって……
すごくすごく辛かったんだろうな。
大切な子孫と離れて暮らさないといけないなんて……
おばあ様もお兄様もこんなにもルゥを愛してくれているのに、わたしがルゥの身体に憑依したせいでもう会えなくなっちゃうんだ。
ルゥ……赦してね。
本当にごめんね。
あなたの身体に入ったのが、わたしでごめん。