魔族を怖がらない人間……か
「ヒヨコ様、老い先短い年寄りのわたしは……モモを食べたかったのです……あぁ……老い先短い年寄りのわたしは……モモを食べたかったのです」
公爵……
同じ事を二回言ったね。
若々しくて、全然そんな風には見えないけどね。
「公爵……そうか。モモを食べたかったのか。元々、公爵が用意したモモだからな。いっぱい食べてくれ」
ベリアルの優しさにつけ込んだの!?
なんて事!?
こんな手があったなんて!
よし、早速……
「わた……わたしも……老い先短……」
「黙れ……」
ベリアルが冷たいつぶらな瞳でわたしを見ているね。
やっぱりダメだったか。
「はい。ごめんなさい」
同じ手は通じなかったか……
「プッ……あはは! ペリドットは相変わらずだね。元気そうで安心したよ」
うぅ……
ココちゃんに笑われちゃったよ。
「だって、だって……ヒヨコちゃんがかわい過ぎるんだもん!」
「そうだね。すごくかわいいよね」
「えへへ。そうなんだよ。だから、歯止めが効かなくなっちゃうの」
「ふふ。ペリドットは子供が産まれたら激甘なママになりそうだね」
「え? 子供?」
前に、ハデスとの赤ちゃんが欲しいって言った事かな?
「うん。あ、えっと……話さない方が良かったかな?」
「あはは。全然平気だよ。ここにいる人間は皆わたしが結婚している事を知っているから。レオンハルト達とおばあ様は前に幸せの島に来てくれたし、公爵とアンジェリカちゃんもわたしが前ヴォジャノーイ王と結婚した事を知っているんだよね?」
吉田のおじいちゃんの記憶操作がどこまでされているのかよく分からないけど、ここにいる人間はわたしが幸せの島にいる事を知っているみたいだからね。
魔族と暮らしているって覚えているんだよね?
「はい。ですが……不思議なのです。クラスメイトも絵本を見てペリドット様が魔族と幸せに暮らしている事を知っているはずなのに、なぜか覚えていないのです」
アンジェリカちゃんが不思議そうにしているね。
これは知らない振りをした方が良さそうだ。
「エ? ソウナノ?」
よし。
自然な演技だよ。
完璧だね。
「ペリドット……それについてはわたしから説明しよう」
ハデス!?
いつの間にか部屋に入ってきているね。
(ぺるみ様、ハデス様はぺるみ様の不自然な演技を見て心配になってしまったようですよ?)
不自然!?
ゴンザレスにはそう見えたの!?
(皆そう思っていますよ)
うぅ……
上手くできたと思ったのに……
恥ずかしいよ。
「前に会った時とは容姿が変わったが、わたしは前ヴォジャノーイ王だ。ペリドットを案じた神が人間の記憶を少し変えたようだな。神はペリドットが人間に疎まれないように色々と気を回したようだ」
ハデスは自然に嘘をつけるんだね。
すごいよ。
「そうでしたか。はじめまして。わたしはリコリス王国のアルストロメリア公爵……もうご存知でしたかな?」
公爵は目の前にいるハデスが魔族だと分かっても怖くないみたいだね。
「そうだな。妻が世話になっているようだ」
「いえ。こちらこそ、色々と助けていただきまして……すっかり健康になりました」
「……わたしが恐ろしくはないのか?」
「はい。ペリドット様が愛したお方です。素晴らしいお方に決まっています」
「……そうか」
不思議だね。
実際、ハデスは天族だから魔族じゃないんだけど、人間はそれを知らないからね。
この世界は魔族が人間を食べるのが普通だけど……ここにいる人間はハデスを怖がらないんだ。
遥か昔の『人間と魔族』の関係も、こんな感じだったのかな?