ジャック、ジャック……ほぼ皆ジャックなんだね
「あ! 姉ちゃん! こっち、こっち! すごいんだよ! かっこいい兄ちゃんが来てくれたの」
市場のジャックが嬉しそうに呼んでいるよ。
爆弾犯だったジャックが来てくれたんだね。
あ、車椅子に乗ったお父さんもいるね。
皆すごく素敵な笑顔だ。
「ふふ。ジャックはご機嫌だね。どうかしたのかな?」
一応、知らない振りをしないとね。
「うん! かっこいい兄ちゃんが今日から市場に来てくれたの! すごく強いんだよ?」
瞳をキラキラ輝かせてかわいいね。
「そうなんだね。ふふ。ジャックはすごく楽しそうだね」
「うん! おじちゃんがオレに剣術を教えてくれるんだ!」
「おじちゃん?」
「動く椅子に座っているおじちゃんだよ? 昔、騎士団にいたんだって。ずっと怪我で寝込んでいたけど最近治ったんだって。オレを一番弟子にしてくれるって約束してくれたんだ」
「一番弟子に? 良かったね。ジャックは頭も良いし、強くなったらさらに立派な相談役になれそうだね」
「えへへ。姉ちゃんにもお願いがあるんだ。いいかな?」
「ん? わたしに? なんだろう?」
「うん、あのね? 計算を教えて欲しいんだ」
「計算? 足し算とか?」
「オレ、字は読めるようになったけど数字が全然分からなくて。だから姉ちゃんに教えて欲しいなって思って」
「うん。分かったよ。あ、でも……わたし、あと二ヶ月でアカデミーを辞める事になったの。それまでになっちゃうけど……」
「え? 姉ちゃん……もう市場に来なくなっちゃうの?」
「あ……いや……時々は来られるかな。でも、今みたいに毎日は来られないと思う。やらないといけない事ができたの」
聖女の亡骸を救い出す方法を考えないといけないし、世界の補正力の事もあるからね。
少しだけ人間と距離を置きたいんだ。
「寂しくなるよ。ヒヨコ様にも会えなくなっちゃうの?」
「二ヶ月後にもまた会いに来るから……そんなに悲しい顔をしないで?」
「……うん。約束だよ?」
「じゃあ、計算は明日からにしようか? 今日は剣術の師匠とお話したいでしょう? いつもの元気なジャックに戻って欲しいな」
「うん。分かったよ。でも……でも約束だからね。本当に絶対遊びに来てね?」
「約束するよ。絶対遊びに来るからね」
「うん! えへへ。おじちゃん、騎士の時にドラゴンを倒したりした?」
「え? ドラゴン? あはは。さすがにそれは無いが、悪い盗賊を……」
ジャック……
ジャック……
ここにいるほぼ全員の男性がジャックなんだね。
もう区別がつかないくらいややこしくなっているよ。
皆はどうやって区別しているんだろう?
「ジャック! ほら、忘れ物だよ!」
「ジャック! もう、おつりを間違えてる!」
「あれ? ジャック、あっちで子供が呼んでたぞ?」
「ジャック」
「ジャック!」
……すごいね。
わたしにはどのジャックがどのジャックか全然分からないよ。
「ねぇ、相談役? 皆はどうやってジャックの名前を区別しているの?」
「え? それは……勘ですね」
「勘?」
「なんとなく自分かな……と。そんな感じですね。前後の言葉や、視線で……」
「そうなんだね」
「ここまでくると名前はあって無いような物ですよ。ほぼ全員ジャックですからね」
「確か、ずっと昔に現れた勇者の名前なんだよね?」
「はい。そうです。あやかりたくて、我が家も代々ジャックです。じいちゃんジャック、父ジャック、長男ジャック、次男ジャック、隣の家のジャック。そんな風に呼び分けています」
「なるほど」
確かに、名前はあって無いような感じだね。