パンをくわえて走る女の子なんて実際見た事無いよね?
「おい! ぺるみ! この魚、オレが飼ってもいいか? ちゃんと面倒見るから! 散歩もするから!」
ベリアルが何か生き物を連れ帰ってきた子供みたいな事を言い始めたね。
ハリセンボンが気に入ったんだね。
くぅぅ!
かわいいっ!
でも、そのハリセンボンにも家族がいるかもしれないし……
困ったなぁ。
「吉田のおじいちゃん、このハリセンボンどこから連れてきたの?」
遠くに行って連れてきたみたいな事を言っていたよね?
あれ?
吉田のおじいちゃん?
ぼーっとしているけど大丈夫かな?
「……んん? この世界にはハリセンボンは、いねぇみてぇだったからじいちゃんが創ったんだ。えっへん!」
もう、初代の神様だって話したから好き放題だね。
ん?
でも、心が聞こえる事は言っていなかったね。
それは秘密にしたいのかな?
……?
少し様子がおかしいような気もするけど……?
「……さっき、わたしが止めなかったらそのハリセンボンを食べたの?」
「え? まっさかぁ! ぺるぺるってばかわいいちゃんっ! あははは」
うわあ……
吉田のおじいちゃんは相変わらず吉田のおじいちゃんだね。
「じゃあ、この魚、じいちゃんが創ったのか? オレにくれよ! 大事にするから! 膨らんだり小さくなったりかわいいんだっ!」
「そうか、そうか。ベリアルにあげようなぁ」
「……前から思っていたんだけど、おじいちゃんってベリアルに甘いよね?」
はっ!
まさか、これにも何か秘密が!?
もしかして、他にも息子さんがいて、その魂がベリアルの魂とか?
「んん? ベリアルは……ただかわいいから甘やかしてるだけだぞ?」
え?
そうなの?
さすがにもう隠し事は無いだろうし……
まあ、確かにベリアルは超絶かわいいからね!
ぐふふ。
ハリセンボンに夢中になっているベリアルも最高にかわいいね。
「……あの、今日はアカデミーはお休みですか?」
「え? アカデミー?」
ヴォジャノーイ王が甘い匂いのするバスケットを持っているから、ベリアルがつぶらな瞳をキラキラ輝かせているね。
ん?
ハリセンボンもつぶらな瞳をキラキラ輝かせている?
本物の魚じゃないみたいだし、もしかしたらお菓子を食べたいのかもね。
ベリアルの弟分ってところかな?
ぐふふ。
堪らないね。
って……
「ああー!」
しまった!
二日目にして早速遅刻なんてあり得ないよ!
「どうしよう。今何時? もう始まっているかな? どうしよう……」
「大丈夫だぞ? まだあと二十分はあるからなぁ。パンをくわえて『遅刻遅刻ぅ』って走れば間に合うだろ? ぷはっ」
吉田のおじいちゃん……
走って間に合う距離じゃないでしょ?
「パンをくわえて走る……ですか?」
この世界のヴォジャノーイ王には分からないよね。
「そうだぞ。群馬のかわいい女の子が読む本には、そういう物語がいくつもあるんだ」
いやいや、わたしの頃には無かったよ?
一昔前じゃないかな?
「そうでしたか。それはどのような物語なのですか?」
ヴォジャノーイ王は優しいからちゃんと訊いてくれるんだよね。
「まず朝寝坊した、瞳が顔の半分以上あるかわいい女の子がパンをくわえてアカデミーに走るんだ。すると、曲がり角で素敵な男の子にぶつかってなぁ。そこで二人は恋に落ちるんだ。あははは」
「瞳が顔の半分以上ある? それは……何の生き物でしょうか? それに、口に物をくわえたまま走るのは至難の技です。グンマの人間は強靭な肉体を持つのですね」
ヴォジャノーイ王は真面目だからね。
って……
あれ?
ハデスが怖い顔をしているね?
「ペルセポネ……絶対にパンをくわえて走ってはいけない。分かったな?」
もしかして……嫉妬?
……これはまずいね。
今までも、ハデスに見られているから、人間の死者を出さない為に色々と気をつけてきたのに、今度は曲がり角にも気をつけないといけないのか。
もし曲がり角でぶつかったのが男の人間だったら確実にその人間は、じわじわとなぶり✕✕にされちゃうよ。
うぅ……
常に気を抜けなくなりそうだね。




