なぜか治癒の力を使うと毛量が増えるんだよね
ん?
ドタドタ何かが走って近づいてくる音が聞こえるね。
「聖女様っ! 聖女様なのですねっ! ゼェゼェ」
扉の無い厨房に高貴そうなふくよかな五十代くらいの男性が入ってくる。
「あ……アルストロメリア王……大丈夫? 走って来たの?」
やっぱり、わたしがルゥだって分かっていたんだね。
「ゼェゼェ……はい……」
王様は汗びっしょりだよ。
後ろから付いて来た人間達が座り込んだ王様を心配しているね。
「料理人さん、王様達に何か飲み物を作れるかな?」
「はい……え? 聖女様……? あ……飲み物……?」
聖女は亡くなった事になっているからね。
驚くのは当然だよ。
「あぁ……ヒヨコ様……バスケットに入って……ゼェゼェ……それはレモネードですか? なんというかわいらしさ……わたしにもレモネードを頼む……ゼェゼェ……」
王様は運動不足かな?
それともデッドネットルみたいに廊下が長いとか?
「陛下、椅子です。厨房の物ですがどうぞ」
おぉ、この厨房の人間は気が利くね。
「あぁ……助かる……ゼェゼェ……」
わたしのせいで申し訳ないね。
「王様、ごめんね。走らせちゃったね」
目を閉じて王様達が疲労回復した姿を想像する。
ついでに厨房の二人も疲れを取ってあげよう。
「え? 肩凝りが治ってる!?」
「おぉ! 目の疲れが取れている」
「……? 走って来た疲れがなくなっている!?」
「腰痛が……あんなに酷かったのに……って、え?」
「あ……」
ん?
なんだろう?
皆が一斉に王様の頭を見てから目を逸らしたね?
「陛下! 陛下ぁぁ、お帽子が……」
ん?
厨房の外から誰か走りながら近づいてくるね。
「なに? 帽子?」
王様が頭に手を伸ばして帽子があるか確認しているね。
走って来る時に途中で落としたのかな?
「ああ! 無い! 帽子が無い!」
……?
どうしてそんなに慌てているのかな?
「王様? どうかしたの?」
「帽子が! わたしの帽子がぁ!」
「え? そんなに大切な帽子なの? でも、誰か走って届けてくれるみたいだよ?」
「あぁ……恥ずかしい……」
「え? 何が?」
「わたしの……あの……あぁ……見ないでください」
「え? 何が恥ずかしいの?」
「わたしは……王冠を被るようになってから皮膚がただれてしまって……登頂部の髪が……その……無くて……」
「ん? 金属アレルギーかな?」
「え? 金属……なんですか?」
「たぶん、王冠の素材が身体に合わなかったんだね。他の素材で作ってみたり、皮膚に直接触れないようにしてみたらどうかな?」
「素材が合わなかった……? では、あの王冠を被らなければ今もわたしの髪はあったのか……」
王様はかなり気にしていたんだね。
でも、普通に生えているよね?
わたしがさっき治癒の力を使ったからかな?
どうして毎回治癒の力を使うと毛量が増えるんだろう?
「えっと……あのね? 今、皆に治癒の力を使ったの。王様、頭を触ってみて?」
「え? 頭……ですか?」
「うん。わたしは、前に会った時に王様が帽子を被っていたから元の毛量の事は分からないけど……薄毛でもすごく素敵だと思うよ? それに、わたしの国では薄毛はセクシーだって言う人もいるんだよ?」
「セクシー……とは?」
この世界には無い言葉かな?
「うーん。魅惑的……とかそんな感じかな?」
「そんな素晴らしい国があるなんて……」
「……でも、今の王様はそういう人間にはモテないだろうね」
「え? あぁ……わたしは……その国に行っても……ダメですか……」
「そうじゃなくて……ほら、頭頂部を触ってみて?」
「聖女様……? わたしの頭部には何も……え?」
王様が頭頂部を触ると絶句する。