消されていた記憶?
今回はハデスが主役です。
「あれはまだ天界で父上に飲み込まれる前の事……わたしは闇に近い力を持つ為に周囲から良く思われていなかったのだ。もちろん家族やウリエルはそうではなかったがな」
今でこそ皆から恐れられているが、あの頃のわたしは家族の後ろに隠れてばかりだった。
「そうだったんだね」
ペルセポネが悲しそうに話を聞いている。
できればこんな話はしたくないが、泥棒をした事を悔いているペルセポネの心を軽くする為にあの時の話をしなくては……
「ウリエルは当時の神であった父上の補佐もしていた。だが、あの父上に仕事をさせるのは大変だったはずだ。ゼウスは頑張れば神らしく振る舞う事ができるが、父上はそうではなかったからな」
「確かに……そんな感じだね」
「今タルタロスにいる二人の側付きとウリエルの助けがあってなんとか神として君臨していられたのだ。父上は、優しくて幼子のようでもあった。そしていつも顔を隠していた」
「うん。そうだね……」
「わたしは母上や姉達に守られながら暮らしていた。家族は闇に近い力の事でわたしが傷つかぬようにずっと守って……」
……?
母上……?
「そうだ……母上……!」
「ハデス? どうかしたの?」
ペルセポネが心配そうにわたしを見つめている。
「いや……わたしは……なぜ母上の存在を忘れていたのだ」
あれほど大切な母上をなぜ……
「……? ハデス?」
「そうだ……わたしには母上がいたのだ」
頭がフラフラする……?
立っているのがやっとだ……
「どうしたの? 大丈夫?」
ペルセポネが心配そうにわたしを見つめている。
「あぁ……すまない」
取り乱してしまった……
落ち着かねば。
「ハデスのお母さんなら、わたしのおばあ様なんだね」
「そうだな……優しい母だった」
「おばあ様は今はどこにいるの?」
「……分からない。それどころか……わたしは母上の存在を忘れていたのだ。なぜだ……?」
「……そんな事ができるのは……吉田のおじいちゃんか、おばあちゃんくらいしか……」
「……何か知られたくない事を隠す為に記憶を消されたのか?」
「分からない。でも、事情があったはずだよ」
「……そうだな」
だが、どんな事情が……?
「捜しに行こう!」
「……え?」
ペルセポネ……?
「ケルベロス、おばあ様がどこにいるか知っている?」
ペルセポネがケルベロスに尋ねているが……
ケルベロスも記憶を消されているのではないか?
「はい。天界でお過ごしのはずです」
「遥か昔の戦での功績が認められ宮殿を贈呈されていたはずですが」
「最近はどう過ごしているのか……オレもこの数千年冥界の仕事が忙しかったからな」
ケルベロスは母上の事を覚えていたのか。
やはりわたしだけが記憶を消された?
いや、デメテル達の記憶も消されているかもしれない。
「ハデス……今からお母様に訊きに行こう?」
「だが……デメテルも記憶を消されているのではないか?」
「お母様から、おばあ様の話を少しだけ聞いた事があったの」
「そうなのか?」
では、わたしだけが記憶を消されていたのか?
「行こう! ハデス!」
ペルセポネが手を差し出している。
ノートを盗んだくらいで酷く傷つく心優しくて、どこまでも真っ直ぐなペルセポネ……
いつでもわたしの行く先を明るく照らしてくれる愛しい妻。
かなり苦しんでいたから、てっきりアカデミーにいる人間達を一人残らずアレしたのかと思ったが……
まぁ、ペルセポネは今回初めて罪を犯したのだろうからな。
だが……
こんなに優しくて冥界に来る天族の相手が務まるのだろうか。
あいつらは好き勝手な事ばかり言うからな。




