少しずつ前へ(5)
「今回の件はなかなか難しいだろう。そこに『気持ち』があるからなぁ。イナンナとホワイトドラゴンのどっちの感情が消えても残った方は傷つき続ける。それと、ブラックドラゴンは……立ち直れねぇくらい苦しむだろうなぁ」
おばあちゃんの言う通りだよ。
「……うん。そうだね」
「ブラックドラゴンはイナンナの魂が存在しているのを知らねぇんだな?」
「うん。そうみたい」
「そうか……今のばあちゃん達にできるのは少しでも良い方向に進めるように祈る事くれぇだなぁ。でも、ぺるみには魂の融合の手助けができるかもしれねぇ」
「おばあちゃん……イナンナとばあばは天界にあるイナンナの身体に戻るしかないのかな?」
色々な方法を考えたいの。
ばあばとイナンナが幸せになれる方法を少しでも多く見つけたい。
「今、ホワイトドラゴンは消える覚悟をしている。このままイナンナの魂がホワイトドラゴンの身体に入ったら、確実にホワイトドラゴンの感情は消えるだろうなぁ」
「そんな……」
「でもホワイトドラゴンの神力に感情があるのなら……イナンナと同じ身体に入っても感情は消えねぇんか……? うーん……やってみねぇとなんとも言えねぇなぁ」
「一か八かなんて嫌だよ……ばあばが消えるのも嫌だし、イナンナにも幸せになって欲しいの」
「ぺるみらしい考えだなぁ。皆が幸せに……か」
「甘いのは分かっているの。でも……ブラックドラゴンのおじいちゃんがずっと捜していたイナンナの魂と、ずっと守ってきたばあば……どっちか片方がいなくなるなんて耐えられないはずだよ」
「そうだなぁ……ばあちゃん達にできるのは天界にあるイナンナの身体をこっちに持ってくる事くれぇだなぁ。ぺるみの『魂を融合させる力』もどこまでできるかやってみねぇと分からねぇし……ここから先はイナンナとホワイトドラゴンが決める事だ。冷たく聞こえるだろうけどなぁ」
「……イナンナの身体をこっちに持ってきても問題にはならないのかな?」
「ああ。それは大丈夫だ。悪い大天使に追放された天族には身体が返されたんだ。ベリアルとホワイトドラゴンには拒否されたけどなぁ。だから今イナンナの身体を返しても問題にはならねぇさ。それに、天界に行っちゃダメなのはブラックドラゴンだけだしなぁ」
「……そう」
「ホワイトドラゴンには、イナンナの身体を使ったらどうかってばあちゃんから話してみるからなぁ。ぺるみにとって二人がどれだけ大切な存在かはよく分かってる。でも、これは当事者が決める事だからなぁ。見守ってやろう。分かるな? 無理強いはダメだ」
「……うん」
「さあ、じゃあ帰るか。もう寝ねぇと、アカデミーがあるからなぁ」
「あ……おばあちゃん?」
「ん? なんだ?」
「向こうの世界が滅びそうだって聞いたの」
「ああ。そうらしいなぁ」
「人間は赤ちゃんを授からなくなったって……」
「……向こうの『世界』がそうさせてるんだろうなぁ」
「あの世界は消滅するの?」
「……世界自体は消えねぇだろうなぁ。消えるのは人間だ」
「じゃあ人間以外は生き残るの?」
「それはどうだろうなぁ。あの世界は苦しんでいる。人間にあまりに傷つけられ過ぎたんだ。自分達が住み良くする為に色々と無理をさせてきた。戦争や自然破壊、人間以外を害獣や害虫に仕立てあげてなぁ」
「『世界』が、これ以上人間に傷つけられない為に赤ちゃんを授からなくさせているの?」
「このままいけば、あの世界は完全に滅んじまう。何の罪もねぇ生き物まで皆死んじまう。これ以上被害を増やす前にそうするしかなかったんだろう。でも……今さら遅ぇけどなぁ。もう、取り返しのつかねぇところまで来ちまったからなぁ。人間がいなくなったとしても、あの傷ついた世界で他の生き物がどこまで生き延びられるか……」
「じゃあ……あの世界が消滅するわけじゃないんだね?」
「あの世界が完全に消えてなくなるとしたら……それは、あの世界を創ったウラノスが消滅させる時だろうなぁ。あの世界は傷つき過ぎた。生き物にとっては住みにくいだろうなぁ。まだかなり先にはなるだろうけど……あの世界には生き物が住めなくなる。全ての生き物が滅んだ時があの世界の終わりだ」
「……うん。あの……」
「ん?」
「向こうの世界の精霊達はどうなるの?」
「……あの世界と共に滅びるのが辛いんか?」
「……うん」
「精霊達が望むならこっちに来ればいいさ」
「え? いいの?」
「あの世界を守る為にずっと無理をしてきたからなぁ。これからは『見守る者』じゃなく、どこにでもいる『精霊』として過ごしていけばいい」
「……! うん!」
「ホワイトドラゴンに話しに行く時に精霊達にも話してくるからなぁ。ぺるみは心配しねぇで待ってろ?」
「おばあちゃん……ありがとう」
「同じ道を辿らねぇようにしねぇとなぁ」
「同じ道を……?」
「ウラノスがオケアノスを助ける為に創ったあの世界は……人間によって滅びの道を進んだ。この『人間と魔族の世界』と天界は、あの世界と同じ道を辿ったらダメだ」
「うん」
「ぺるみはもう分かってるだろうから……これ以上は言わねぇけどなぁ」
「うん。わたしは『人間と魔族の世界』を見守る道を選んだの。だから……絶対に悪い方に進まないように気をつけるよ」
「便利な暮らしは楽だけどなぁ。それで世界が滅びたんじゃ元も子もねぇからなぁ」
「……うん」
「よし。じゃあ、第三地区に戻ろうなぁ。もう、三時くれぇか? 少しでも寝ておかねぇとアカデミーで居眠りしちまうぞ?」
「うん……」
第三地区に着くと雪あん姉とウェアウルフのお兄ちゃんが畑仕事をしている。
今日も仲良しだね。
この世界に来てから第三地区を守り続けてきた雪あん姉と、種族王として傘下に入る種族を守ってきたウェアウルフのお兄ちゃん……か。
今はのんびり穏やかに暮らしているんだね。
すごく幸せそうだ。
向こうの世界の精霊達もこんな風に過ごせたら……
でも、それはまだずっと先の事なんだろうな。
これからも傷つき続けないといけないんだ。
あの世界の全ての生き物が滅びるまで……




