ドラゴンの島(6)
「あんな状況でも人間は力強く生きているわ。前に進もうとしているし……でも、もうあの世界は限界なのよ。今さら頑張ったところでなんともならないわ。それでも『世界』はずっと見守ってきた人間達を信じたいんでしょうね」
ばあばが、辛そうに話している。
見ているわたしも心が苦しくなってくるよ。
「信じたい……か。ずっと傷つけられてきたのに……これが『見守る者』なんだね」
「集落のお祭り……」
「……え? あのお祭りの事?」
懐かしいな。
まだ群馬にいた頃は毎年参加していたよね。
「ええ。それを集落の皆が楽しみにしていてね。あの世界は初代の神が創ったのよね。中でも天界の匂いがするあの集落を『世界』は気に入っているの。あの集落は遥か昔ブラックドラゴンが出入りして泉を創ったり木を植えたりしていたから天界の匂いが強くするのよ。というよりは思い出の地だから気に入っているのかしら」
……?
なんだろう?
違和感がある?
「思い出の地? 『世界』はばあばと一緒にお祭りを見たいのかな?」
「今まであの世界の人間からは存在を気づかれなかったらしいから。初めて『人間の姿をした者』……わたしと話せてかなり嬉しかったらしいわ」
……あれ?
神様だったブラックドラゴンのおじいちゃんには『世界』が見えないんだよね?
でも、ばあばと『世界』は話ができる?
……?
うーん?
ばあばは、このドラゴンの島が傷つく声は聞こえないみたいだよね?
そういえば、ばあばは『世界』と『大地』を別の存在みたいに話していた。
それって……
「……まさか」
「……ぺるみ?」
「『世界』は……イナ……」
ダメだ……
身体が震えて立っているのがやっとだよ。
「ええ。……気づいたのね。『世界』はイナンナの魂よ?」
「……!」
イナンナの魂が群馬の集落にいたなんて……
「もうこれ以上あの世界を守る必要はないのよ。イナンナは、あの世界を守る為に生まれてきた存在じゃないんだから。……大天使に異世界から追放された被害者なのよ」
「イナンナは魂になっても意思があるの? わたしには無かったよ?」
「それが大天使が言っていた『苦しい未来を与える』っていう事なのかしらね。よく分からないけど……誰の身体にも入れずにずっと漂う存在。消える事も許されないの」
ばあばは魂の秘密を知っているみたいだね。
「イナンナの魂はずっと苦しみの中に……」
わたしのせいで……
わたしが天界でファルズフに刺されなければこんな事にはならなかったはずだよ。
「ぺるみのせいだと思わないで。さっきも話したけどファルズフの件がなくてもイナンナは同じ目に遭っていたわ」
「ばあば……」
「あの世界にいる人間はたくましいわ。あの状況でも力強く生きている。もうイナンナを解放してあげたいの。これ以上苦しめたくないのよ」
「『世界』が苦しいのは物理的に傷つけられたからじゃなくて、人間が争ったりした事に心が傷ついたっていう事なの?」
「『世界』はイナンナだけじゃないわ」
「え?」
「風や水、大地にも意思がある……」
「じゃあ……上位精霊みたいな存在もいるっていう事?」
「これ以上知ればぺるみは傷つくわ。もうやめましょう」
「ばあば……」
「わたしは……イナンナの魂を連れてきて身体を与えてあげたいの」
「……え? でも……」
「ブラックドラゴンがイナンナを好きになりそうで心配なのかしら?」
「そんな! ブラックドラゴンのおじいちゃんは、ばあばの事が大好きだよ?」
「……わたしの身体に入れ込むつもりよ」
「……え?」
ばあばが優しく微笑んでいるように見えるけど……
瞳はすごく悲しそうだよ。
まさか……
自分の心を消してイナンナに身体を譲るつもりなんじゃ……
「ふふ。ぺるみとオケアノスみたいに仲良くなれるかしらね」
「……ばあば! そんな簡単な事じゃないよ! ばあばの心が消えちゃうかもしれないんだよ!?」
「……元は一つだったの。あるべき姿に戻る時が来たのよ。イナンナの魂は神だった頃のブラックドラゴンが集落に来ても存在すら気づかれなかったらしいわ。どれだけ辛かったか……愛する相手がすぐそこに居るのに……わたしは……イナンナに幸せになって欲しいの」
「そんな……消えてもいいの!? 嫌だよ! ばあばが消えちゃうなんて絶対に嫌だよ!」
「わたしには耐えられないのよ。イナンナを……わたし以外を想うブラックドラゴンの姿なんて見たくないわ。でも、これ以上イナンナをあの世界には居させたくないの。心がグチャグチャで上手く言えないけど……こうするしかないのよ」
「ブラックドラゴンのおじいちゃんにはイナンナの事を話していないんだね?」
「ええ。話していないわ。イナンナの魂があると知ったら……考えただけで怖いのよ。わたしは『イナンナの神力』だった。でも……あの世界のイナンナは『イナンナの心』なの。わたしよりも……きっと……そっちを……選ぶはずよ」
「……ばあば」
「悲しいけどこれが現実よ」
「本当に?」
「……え?」
「ブラックドラゴンのおじいちゃんは、ばあばをすごく大切に想っているよ?」
「……ぺるみ」
「一人で抱え込まないで皆に話してみない?」
「……皆に?」
「吉田のおじいちゃんとかおばあちゃんとかバニラちゃんとか……オケアノスも……皆、絶対に力になってくれるよ!」




