クロノスおじい様はハデスの事が大切なんだね
「クロノスおじい様……皆で行ってすぐに帰ってこよう? 絶対楽しいよ? チョコレートの匂いが充満したお店でホットチョコレートを飲もうよ。チョコレートはハデスが作り始めたの。それまでは『人間と魔族の世界』にも天界にもチョコレートは無かったんだよ?」
「ハデス……?」
クロノスおじい様が掛け物にくるまりながら呟いたね。
「うん。ハデスが頑張って作ったチョコレートを皆で食べよう?」
実際はヴォジャノーイ族のおじちゃん達が作っているんだけどね。
「ハデス……わたしと一緒に行く? わたしと一緒に行ったら嬉しい?」
クロノスおじい様が、掛け物で顔を隠したまま尋ねている。
「父上……もちろん」
ハデスは不器用だから……
本当は『すごくすごく一緒に行きたい』って言いたいはずだよ。
「……チョコレートだけ買ったらすぐ帰る」
「……! 父上!」
ハデスがすごく嬉しそうに笑っている。
良かった……
こんな風に心から笑うハデスを見たのは初めてだよ。
大好きなお父さんを閉じ込めなければいけない苦しみから解放されたからかな?
しかも、ベットから一歩も出たがらなかったのに『人間と魔族の世界』に買い物に行くなんて……
ハデスは嬉しくて堪らないだろうね。
側付きの二人もほっとしたような笑顔になっている。
クロノスおじい様はチョコレートが食べたいのもあるけど、ハデスに喜んで欲しくて行くつもりになったのかもしれないね。
ずっと掛け物に隠れているから表情は分からないけど……
きっと息子であるハデスの事が大好きなんだ。
「よし! じゃあ、出発だよ!」
とりあえず、タルタロスから出て冥界に着いたけど。
ここは冥界の門の近くだね。
クロノスおじい様は本当にベットのまま移動しているよ。
ハデスが闇に近い力で浮かばせて動かしているらしいけど……
掛け物にくるまって隙間から冥界の様子を見ているね。
「冥界か……ずいぶん変わったな」
「そうですね。まさかタルタロスから出る日が来るとは」
側付きの二人がキョロキョロしている。
「じゃあ、門から出て……あ、クロノスおじい様達は入門申請書がなくても帰ってこられるんだよね?」
「大丈夫だ。入門申請書はケルベロスの仕事を楽にする為の物だからな。ケルベロスが許可さえすれば誰でも入れるのだ」
冥王のハデスがそう言うのなら安心だね。
「良かった。じゃあ……門から出るよ。門の外からなら空間移動で『人間と魔族の世界』に行けるから」
こうして空間移動でベリス王の店舗の前に着くと……
さすがに深夜だから道に誰もいないね。
この辺りは平民は出入りしない場所だからかな?
平民が暮らしている市井は夜遅くまで商売をしているから、夜でも人通りがあるんだよね。
「ここが魔族の店舗ですか。全身が映る鏡……化粧品……」
「早く入ろう。書物を選びたい」
側付きの二人は買い物で頭がいっぱいみたいだね。
今までずっとタルタロスに閉じ込められていたから歯止めが利かないくらい買ったりして。
「……チョコレート」
クロノスおじい様はチョコレートが食べたいんだね。
ずっとベットの中で掛け物にくるまっているけど時々目が合うよ。
いくら人通りがなくても誰が見ているか分からないからね。
クロノスおじい様は掛け物に隠れているからいいけど、天族の翼がある側付き二人を見られたら大変だ。




